ねこ
itukamitaniji

ねこ(in rain drop)

我輩は捨て猫である 段ボール箱を住み処とし
人の流れを ここから見ている
名前はもう無い 昔はあったんだけど
ミケだかタマだか もっと凝った名前だったか

排気ガスやらで 汚れてしまった毛並みを
舐めてみたって 苦いだけ

雨が降って 染み付いた汚れを洗うけど
濡れて駄目になった 段ボールの家を抜け出す
踏み出した アスファルトの道路は固くて
肉球が痛むけど 俯いて歩いた


少し昔のこと思い出す 可愛がってくれた彼女は
忙しい日々に追われ やがて気持ちは離れてった
僕だって愛想なくて 慣れ合いは好きじゃないけど
今になって あの生活の心地良さを思い知った

僕を捨てる時に 彼女は涙を流しながら
ごめんなさいと 呟いて去っていった

悲しくなんかないよ 物事にはきっと全て理由があって
それが原因で うまくいかなくなっただけ
それで何もかも恨んだり 絶望する必要も無い
今度はもっと うまくやる方法を探すことが大事なんだ


いつか雨も上がり 毛並みもすっかり乾いたら
きっと 新しい自分になるよ





ねこ(and she)

猫を捨てた帰り道 天気は覚えてない
いや確か 雨が降っていたと思い出した
私は傘も持たず 迷子みたいに泣いていて
どうしてこうなったのか ずっと考えていた

コンビニでビールを買って アパートに帰った
まだ猫の匂いと あいつのタバコの匂いがする
いっぺんに全部失った だけど本当に失ったのは
紛れも無い 私自身だったかもしれない

テレビからよく聴いてたあの曲
私と猫とあいつと


かばんの中には いつも辞表を忍ばせておいた
出す勇気もないから 底でくしゃくしゃな紙切れと化した
あいつの声が聴こえる 勢いが大事な時があるんだって
そう言ったきり 何処かへ旅立って行った

この狭くて愛すべきアパートに
私と猫を残して


きっとほんの少しだけ 狂っただけね
でも次の日になって 紙切れを叩き付けて
ヒールのまま飛び出した 雨はもう上がっていて
雨上がりの匂いがする街を 不器用に走った

でももう遅いみたい 猫は居なくなっていて
空っぽでボロボロな 段ボールが残っているだけ
泣こうとしたけど 何故か涙が出なかった
そんなこときっと 誰も望んじゃいないって

あいつが歌った歌
合わせて歌う猫の鳴き声
頭の中で響いて聴こえてる
私だけに





ねこ(magic name)

慣れた街を離れるのは はじめてのことだった
それは同時に 彼女と離れることになるわけだけど
列車が叫び声を上げて ホームに飛び込んできた
何かのモンスターが 吐く息みたいな音を上げて

トビラが開いて 何処か違う世界の空気が噴き出した
それを吸い込んだら 見知らぬ僕になっちゃう気がした


まさに出発する列車 窓の外には走馬灯のように
この街に置いてゆく 色んな僕が手を振って消えてゆく

さっきまで僕が居た場所に 見覚えのある猫が座って
僕のことを見ていた 雨はもう上がっていたんだ



ある雨の日に僕ら出会ったんだ
お前の名前は『サン』
雨が上がるようにと祈りを込め
彼女がそう名付けたんだ

お前の好きだった歌
お前に破られた読みかけの本
一週間居なくなったことや
何食わぬ顔で帰ってきた夜

何もかも懐かしい
でも全部この街に置いてくよ

お前の名前の魔法が
いつまでも続いてどこまでも
晴れた空の下を旅できるように
僕も祈るよ

歌うよ


自由詩 ねこ Copyright itukamitaniji 2011-01-19 15:38:34
notebook Home 戻る  過去 未来