新宿にあるあの店のコーヒーを飲みに行こう
虹村 凌

コーヒーを飲んだら
窓の無いラブホテルに行って
セックスをしてから
朝を迎えよう
何て言えば
笑うかな

吉祥寺の街に突っ立って

あの頃の日々を過ごしていた時は
その暗い海を死ぬまで泳ぎ続ける気だったのに
気付いたら早々に陸に突っ立っていた
あぶく銭に埋もれて一生
男なんざやりたかねぇ
そう言って粋がったところで
結局は男が出来ないだけだし
つまりは男になれないだけ
あぶく銭も掴めないだけ
よくある下らない話で


酒の飲めない俺でも
西新宿の親父の店になら行ってもいいかな
それとも新聞配達のバイクの音を聞きながら
湿気ったポテトチップスをかじるしか無いかな
生きていていいのかな
机の上に転がった真新しい十円玉を放り投げて
ついてねぇやと
指を頭に突きつけて
引き金を引いて死んだフリ
そのまま眠って
街がオレンジジュースに溶けた頃に目をさます

すっかりクラゲになっちまった

未だに未練たらたら
どこかに引っ掛けたままの
破れぬ夢を引きずって
吉祥寺の街に突っ立って
いつかあの日々の自分に
今の自分が殺されるかも知れないと怯えながら
それでもあの日々の自分に背を向けて
裏切られた青年の姿で
吉祥寺の街に突っ立っている
そんなよくある下らない話で
その陳腐さに笑ってから
声を殺して泣く
舌を噛みきる度胸も無く
惨めさをぬるい缶コーヒーで流し込む

僕達の日々にあいつがいないと言う悲しい事より
知らない影の形の無い息苦しさより
笑うしかない寂しさをまだぶら下げて
辛い煙草に火をつける
洗濯物が風にあおられてバタバタと泣いてる
明け方の静まり返った街に
新聞配達のバイクの音がバタバタとこだまする
乾いてこびりついたコーヒーがマグカップの中で笑う

故郷も無ければ
帰りたい街も
帰りたくない街も無くて
限界も知らないし
精一杯も知らないまま
吉祥寺の街に突っ立って
笑う

今度の休みに
伊達と酔狂だとうそぶいて
僕達の為の指輪を買ったら
市役所に行って婚姻届を出そう
紙切れ一枚に笑って
紙切れ一枚に泣こう
絵本を開いたような幸せに笑って
絵本を開いたような幸せに泣こう


自由詩 新宿にあるあの店のコーヒーを飲みに行こう Copyright 虹村 凌 2010-12-17 22:33:22
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