白壁の万華鏡
光井 新

 あのね、悪ぶってるけどね、僕って本当は悪い人間じゃないと思うのね、自分で云うのも何だけど。ほら、弱い犬程よく吠えるって云うじゃない、あれよ。弱虫なの、僕。だから悪意があって蛮行してる訳じゃないの、弱い自分を守る為の威嚇なのよ。
 なのに吠えても聞かない人とかいるでしょう。そしたら暴力沙汰になっちゃうのは仕様がないじゃない、ねぇ。弱虫っていうのはね、何が弱くて弱虫なのかっていうとね、精神的な所が弱いと弱虫になっちゃうみたいなの、ね。身体が弱いとか、頭が弱いとか、経済力が弱いとか、元がそういう弱さでも、劣等感なりなんなりで結局は精神的な所を弱らせちゃうみたいなの。だからね、弱虫には精神安定剤が欠かせなくて、まぁ僕も御世話になってるんだけどね、その薬って云うのが日本では違法な物だから、見つかったら逮捕されちゃうし、こっそり売買しなくちゃいけなくて、買う側が僕みたいな弱虫なら、売る側も頭が弱かったり経済力が弱かったりする弱虫なのね、社会に適応できない可哀想な人達なの。でね、弱虫同士で取引とかすると、大体暴力沙汰になっちゃう。どっちも吠えるのに必死で、相手の声なんて聞いてないんだもん。
 ナイフ持って来る人とか多いんだから、もう、怖いのよ。怖いから、量が少ないんじゃない、とかちょっとした事も、まともに交渉なんか出来なくて思わず手が出ちゃう。そしたらナイフで軽く切られちゃったりしてさ、腕とか掌とか命に別状無い所ね、それで血が出たら、お互いなんかそわそわしちゃって、多分僕もなんだけど、向こうの黒目がぷるぷる震え出して、見てらんなくって、僕の方が、売ってくださいってお金渡して、気まずいまま売買成立するみたいな感じなのよ、いつも。怖いでしょ。
 でもね、怖い思いして買いに行ってでも、薬が無きゃ僕生きていけないの。中毒じゃないのよ、周りには薬中だっていう目で見られてるけど、自分の事は自分が一番よくわかってるし、うん、弱虫だって事もちゃんとわかってるし、ね。精神安定剤として薬が無きゃ、僕、死んじゃいそうなのよ。悪い人間や悪ぶってる人間が集まって作ってる小さな社会でさえ、僕は適応できなくて、人間として終わってるって思われてて、実際僕は薬が無かったらとっくに自殺でもしてる様な終わってる人間なんだけど、なっちゃんはそうは思わないみたいで、なっちゃんと一緒に暮らす様になってから、何かが始まった様な気がしてきたの。まだ良くわかってないんだけど、もしその何かが恋愛だとしたら、僕が今まで恋愛だと思ってしてきたセックスやなんかは恋愛じゃなかったんじゃないかしらと思えちゃう、そんな何か。でもぶっちゃけセックスとか恋愛とかどうでもいいのね、どうして生きてるかなんて、それは薬を打ちたいからなのよ。快楽を求めてとかじゃなくて、精神の安定を求めて、ね。精神を安定させる事によって強くなれるじゃない、社会的にとか、他人と比べてとか、そういう相対的な強さじゃなくて、世界が自分の中にあるかの様な絶対的な強さみたいな、ね。
 それを錯覚だって云う人もいるけど、そういう人はちゃんと社会で生きてたり、家族の為に生きてたりするんでしょうね、何の為に生きてるんでしょうね、人間は一人では生きられないのかな。でね、なっちゃんなんだけどね、僕の心配ばかりするの。何なんだろうね、なっちゃん、ね。僕の為に生きてるのかな、僕がいなかったら死んじゃうのかな。

 金属バットを買ったの。部屋にある身近な文明を壊したくて、力任せに振り回せば、形ある物にメタメタにめり込む様な、硬いのを、amazonで注文したの。あのね、金属バットが届いたら、その金属バットを発注したパソコンはね、即金属バットの餌食にね、メタメタになってね、綺麗だった。パソコンはなっちゃんのだったんだけど、壊しちゃった、なっちゃんのだから、なっちゃんの為に。小さな火花がね、優しさを描いていたかも。intel入ってる。
 なっちゃんはね、奈津子っていうの、ね、本当はね。だけど一日十時間位はナンシーっていうウィザードなの。ギルドマスターでエルフでバンパイアでドラゴンスレイヤーの妹系美少女キャラのウィザードなの、ゲームの中で。白い壁に映る万華鏡みたいな光を僕が眺めている間、なっちゃんは隣の部屋でずっとパソコンの画面を見てるみたい。もうそれが嫌で嫌で、だって現実逃避じゃないそんなの、僕はすぐ隣の部屋に居るのに、僕から目を背けて違う世界で冒険してるなんて。
 ぶっ壊してやったわ、目の前の形ある物全部ガッシャンガッシャン。白い壁だけあればいいんだもん。本当は壁だっていらないの、でも外が見えちゃうと嫌なのよ、外から見られるのが嫌だとか、他人の目が気になるだとか、そういうのは全然無いんだけどね、外の景色とか、形ある物が見えちゃうのが耐えられないの。不便でも構わないのよ、家の中に何も置きたくないのよ、本当は。大体パソコンやらウェッジウッドやら水槽やらテレビやらマランツやらシャンデリアやら花瓶やらテディベアやら、一体何が便利だっていうのよ。もうウィザードも蘭鋳もテディベアもみんな死ねばいいのよ。
 白い壁を見てるとね、万華鏡みたいな光が見えてきてね、その中に本当の自分が見えてくるの。意識で支配できない思考っていうか、頭の中の大部分では何か考えてる筈なのに、それを意識の側で理解する事ができないのよ、自分の頭の中だっていうのに。白い壁にね、映るのよそれが、万華鏡みたいに。理解できない物を見ている事にはかわりないんだけど、見え方としては、例えば目を瞑って集中して頭がゴニャゴニャになるのが暗算だとしたら、白い壁に映った万華鏡を見るのは筆算みたいな感じかしらねウフフフフフフフフ……


散文(批評随筆小説等) 白壁の万華鏡 Copyright 光井 新 2010-11-30 12:03:27縦
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