単細胞
光井 新

 単細胞だって言われましてね、お嬢様に、馬鹿にされたんですよ。お前の心の声を聞かせなさいって頼まれたものですから、私の心の中に声なんてないんですけどね、まうまーどらーぷきゅー、てな具合に声にならない心の中を、無理矢理声にしてみたんです。色々考えちゃうともう面倒なんで、他人の心が読める超能力者みたいなそんな人は居ないとして、私の心の中なんて私以外の誰にも分からないとして、じゃぁ私にしか判断できないんだから私が判断しますけど、まぁ上手く表現できてるんじゃないかなって思うんです、まうまーどらーぷきゅー。なのに、違う、なんて決め付けられちゃったんですよ、私の心の中なんて知りもしない人にきっぱりと。酷いと思いません? しかも違うっていう決め付けから発展してか、心の中でも何でもない声を適当に唄ってる、って思ってるんだわきっと、それが馬鹿にされているんじゃないかしらと感じてしまう自尊心の防衛本能なんですかね、怒り出す始末なんです。例えば誤解から生じた怒りだとしたら、誤解を取り除けば怒りを静められるかもしれないという望みもありますけど、この人の場合はそもそも決めつけから始まっちゃってるし、どうやって怒りを静めればいいのやら、もう単細胞にはわかりませんよ、私は単細胞じゃありません、って何度言っても、お前は単細胞よ、って決め付けで物言ってくる石頭なんですから。ひょっとしたら、無意識に自分にとって都合の良い暗示を他人に振りまいているのかもしれませんね、私が私は単細胞だと思い込む様にとか。みたいにもう悪意さえ感じてきまして……それも私の思い込みに過ぎないのかもしれないですけど、私、あんな人の心なんて知りませんから、知りたいとも思いませんよ、そういう訳で理解が足りないのかな、等と思った所で超能力者じゃありませんし、ましてや単細胞ですし。
 だから単細胞なんだなって思いますよ。私は単細胞です、はい。相手に対する思いやりが足りない単細胞なんです。って自虐的な精神状態に陥ってみても、これが奴の狙いだったんじゃないか、ってついつい被害者面して自分の為に涙を流してしまうんですね。私は単細胞です、そう洗脳されているんじゃないか、って何とも恐ろしい妄想をしてしまうんです。それもこれも私が単細胞のせいなんですけど、それとこれとで別にして話を進めないとこの恐ろしい妄想の輪から何時まで経っても抜けられない訳でして、じゃぁ、私は単細胞じゃない、ともとりあえず思ってみる訳です。そしたら今度は理解に苦しむんです。あの人の理解に苦しんで、あの人の理解に苦しむ自分の理解に苦しんで、その理解できないままスライドしていく事への理解に苦しんだ挙句、どうしてこんなに苦しいんだろうっていう理解に苦しんでいたら、理解する事よりも苦しみに耐える事の方がずっと楽に思えてくるんだから、やっぱり私は単細胞なのね。と、進化を拒む単細胞ですかね。


散文(批評随筆小説等) 単細胞 Copyright 光井 新 2010-11-16 22:09:14
notebook Home 戻る  過去 未来