天使の遠足
山田せばすちゃん

言葉をなくした二人の間には
天使が通る道が出来るのだと
教えてくれたのは確か君だった

さっきからずっと何も話さないでいる
僕と君の間を
ほら
天使が団体で通り過ぎていく

天使が通る
ひとりめの天使は少し緊張した面持ちで
ふたりめの天使は笑顔で
さんにんめの天使はスキップしながら
よにんめの天使は僕に手をふりながら
天使が通る

カウンターで急に泣き出した君は
人目も気にしないでしゃくりあげつづけ
弱ってしまった僕は君の手を引いて
店を出てそれからタクシーを拾った
行く当てもないのに口を付いて出た行き先は
「というわけで」というあいまいな名前の
君と来たことのあるラブホテル
一つだけ灯の点いていたご休憩2時間で5800円の
部屋のパネルを「というわけで」押してみる

床に座りこんでガラステーブルに頬をくっつけたままの君と
ベッドに寝転がって天井のクロスの模様を数えている
僕の間を
ほら
天使が団体で通り過ぎていく

天使が通る
ごにんめの天使は君の方を気遣うように見ながら
ろくにんめの天使はよそ見をして
しちにんめの天使に手を引かれながら
はちにんめの天使は僕にウインクをして
きゅうにんめの天使が黒い尻尾をしごきながらそっと僕に囁く

「ソンナモン、優シク抱キシメテ押シ倒シテシマエヨ」
「ソウシタラ彼女ノゴ機嫌ナンテスグニ直ルサ」

・・・ときおりは悪魔だって通っていくものらしい

枕もとのスイッチパネルを触っているうちに
部屋は深海のような青一色に染まってしまう
ブラックライトに光る君の白いブラウス
いっそこのまま二人の上に
マリンスノウでも降ってくれればいい
言葉が出ないのは水圧のせいだなんて
そんな言い訳だってできるかもしれないじゃないか

青白く光る君の背中と
有線のボリュームを下げようとしている
僕の間の深海を
ほら
天使が団体で通り過ぎていく

天使が通る
じゅうにんめの天使は引率の先生で
八人の天使と一人の悪魔が通り過ぎたのを確認した後で
困った顔で僕にお説教を始めた

「そこで、わたしはあなたがたに最高の道を教えます。たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい。全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。愛は忍耐強い。愛は情け深い・・・」

天使の遠足が通り過ぎてしまったあとには
今度は一体何が通り過ぎていくのか
それを確かめるためにだなんて
自分に言い訳をしながら
僕はベッドから降りて
深海を君の方に泳ぎ始めることにする




文中の聖句はコリントの信徒への手紙・ 13章4節より


自由詩 天使の遠足 Copyright 山田せばすちゃん 2003-10-12 02:17:07
notebook Home 戻る  過去 未来