恋人達
salco

赤い月夜の森の中を
恋人達が無言に行く
凍った大気と闇の道を
二人は抱き合って行く
抱き上げられた女は
男の肩に頭を預け
柔らかに目を伏せて
その温かさに耳を着け
胸の鼓動を感じている
力強い歩みのままに体は揺れて
長衣の裾が流れ舞う
この女には踊る為の肢が無い
連れて行って、と
言わずに女が頼んだのだ


黙々と男は女を運ぶ
違う、二人で行くのだ
潅木の茂みを跨ぎ
小枝や枯葉を踏みしだいて行く
吐く息は優しい湿度を帯び白く
凍った闇に消えて行く
女は首に腕を回し
薄い掌を胸板に置いて
そこが冷気に刺されぬよう
道に疲れてしまわぬよう
その心拍を支持しようとする
肢の無い体の軽さが男は不安だ
今にもどこかへ飛び去って
服を残して消えてしまうのではないか
だからしっかり腕で抱き締め
自分の体へ引き寄せている
けれどこの男には両手が無い


自由詩 恋人達 Copyright salco 2010-09-30 01:39:14
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