連詩 「 知覚 」 よもやま野原・竹中えん・なき・夏嶋真子
夏嶋 真子



ほろほろとくずれはしない鍵の化石があなたのからだをひらいています
記憶は銀河のように 白い、黒い乳房のあわいをすり抜ける
あたたかな指先であなたの軌跡に限りなく薄い爪痕をつけたい
のびてゆくラインはゆるやかに地平線を絡め捕り虫籠を編む
夕日色したあなたの脱け殻をとどめて背中の裂け目に触れようとしていた


+


空蝉は、天使の季節に生る林檎だろうか
光に透ける乾いた体は過去の幸福をくり返す
レコードの回転数を指紋の磨耗する速度に重ね
空耳の薄膜にくるまれてしまえば
わたしはわたしのマリアを捜してしまう


+ 


憶測の言葉に縛られた祈りを纏い窓硝子を蹴破って
奔放な空へ翔び立てば青と青の反転 尾びれの生えた爪先が波に翻る
空と海と宙の境をしなる身体ひとつで射ちたい
星を受胎する少女らの眸は、まだ蕾のまま
白い毛糸で編まれた貝殻をポケットにしのばせる


+

 
結び目を解けば幾億の雨の順列に細胞は萌芽し
双葉が囁くように震わせる睫毛の先に架かった光の梯子
それは、瞼のうちで裏返ってゆく月光に似て
草の根の這う体で空へ空へと手をのばす
銀の海を湛えた浜昼顔は点在する世界を連ねた双曲線を描き咲いた


+
 

てのひらのまるみを重ねてそのなかで船を育てよう
地球儀のうえを爽快に漕ぎゆくふたり
つややかな飛沫はとびうおとなり鱗は光る虹になり
虹彩の中でなんどでもあたらしく出会うきみ そのたびに名づける
こぽこぽと湧き出る入れ子の世界の中心はきみの返事で時がねばつく


+


次々と死のひらく、枯れ野を火が舐めるゆうべ
踊りましょう、歌いましょう 熱く輝く花から生まれ出づる命に焦がれ
散り散りと燃えるノートはやがて正しいことだらけの教科書を焼く
走り書きした「こわい」の文字が脈打ちながら燃えている
匿された病と、灰かぶりへの遠い輪生


+


遠い遠い昔にあなたが育んでくれた枕もとの小さな小さな物語
Age 1・3・13・17・29 それは繰り返される 紋白蝶のゆらぎを真似て
身体中の円に回帰する たとえばその泣きぼくろ、胸の膨らみ、口の開きに
崩落した廃墟の螺旋階段よ、わたしはおまえを見たくない
目を閉じて胸の前で手を組んで壊れた星の中心でおやすみのキスを待っている


+

 
最果ての図書館ではこの瞬間が記述され決して失われない法則になる
「えいえんを見たいから眼鏡は好きなページに捨てていきます」
不可視の運動を(祈り/渇き)と名付けなさい
乳白色の記録の中でみつけた時の欠片 繋ぎ合わせる断片の一瞬 それが私
其々の断片に棲む各々の私は円へ近づき ∞の/無の独楽は青く発火する


+
 

見えないもののなかでポルターガイストみたいな私の炎が点滅している
午前4時の信号(私たちは/、全ての生命は/異質でしかなかった)
赤青黄色、緑桃色 魂はくっきりと光を放ち滑って行く薄闇色を
掬ってだれかの呼吸音に混ぜる(ひゅうひゅう/だれか/、救って)
外気と擦れた唇は静電気を帯びて固まり 口内で膨らむ気の抜けた白い空を仰ぐ


+
 


星状六花はやさしさを携える(。永久にきみとした)い、)のちの)あふれるほうへ)
透明なナイフは今すぐあなたに刺さる「やさしいやさしい「つめたい…」あなた」
震えるフォノンのパズルは 遠い意識の底でゲルダを求める
指でカシャンとはじく歯車 動いたきみを五感のうねりで飲み込んだまま
口のなかで息づく少女の唄う恋/風/花になりたかった、わたし


+


重ねた両手に落ちた涙に目覚めた心 温もりの風に身をゆだね
やわらかな闇を包む皮膚が一つの林檎を愛撫する
湖の栓を抜くような、共鳴に晒されている 愛の果てから索漠の果てまでが
湖底に春を敷いた
息吹は湖を押し上げる

+


結末につづきを書きこみ月光をはさんでとじる水辺の詩集
寂として声なく満ちる詩集から言葉は闇を抜き取り眠る
木菟の静かに眠る箱のなかの無花果に書くやさしいみらい
満月の光が伸びる湖に指先を置きやさしく揺らす
孵化をする月のかけらに刻まれたうたをならべるあしたの子ども







自由詩 連詩 「 知覚 」 よもやま野原・竹中えん・なき・夏嶋真子 Copyright 夏嶋 真子 2010-09-25 20:25:01
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