プライヴェート・エンド
佐々宝砂
This is private
きみだけが判ってくれていた気がするけれど
それは錯覚だったかもしれない
きみはこんなところまで来なくていい
きみは温かい部屋で笑っているのが似合う
柵を飛び越えて
冬の森を駆け抜ける
生き物の影はない
凍りつく下草に身を投げ出せば
この身体はじんわりと背中から腐ってゆく
でもこの身体はママの思いのまま
スパンコールを散りばめた黒いドレスが
どこにいても覆い被さってくる
ママの猟犬は鼻が利く
そうでなくても血塗れのこの身体はひどく臭う
だから あきらめた
逃げ道がないと悟るまでに
こんなにも時間がかかってしまった
でも もう 逃げない
夜風よ いくらでもこの頬にナイフを当ててくれ
少女は詰め襟の学生服を着た
靴下を三枚重ねて履き
二サイズ大きな靴を履いた
それから玄関の鏡を見て
烈しく泣いた
少女は自分の部屋に戻り
服を脱いだ
胸を切り取ろうとナイフを当てたが
痛みに耐えきれずすぐにやめた
だが少女の胸には
長いこと細い傷が残っていた
悲鳴のような風に混じって
耳もとで聞こえてくるママの声
「怖くないのよ 死ぬわけじゃないのよ」
そうだね ママ それはわかってる
明日は温かい部屋に戻ろう
でも 一晩だけ この誰もいない森で
精神というやつを再構築しておきたい
痛みも恐れももう心を苦しめない
なくしたものは一人称代名詞に過ぎない
きみを愛することもできるだろう
でも きみは こんなところに来てはいけない
きみはやわらかくてやさしいのだから
こんな汚れた身体からは遠ざかるべきだ
螺旋が胴体を取り巻く
連綿と続く鎖が腕をいましめる
どろどろの赤黒い塊が脚にまとわりつく
死ぬことを知らぬ血みどろのママが微笑む
そして ついに 屈服する
わたしは女だ
これでお気に召すのかい
くそったれのママ
もうすぐ夜が明ける
わたしは顔が洗いたい
どうやら生きてゆかねばならないらしいので
This is private
そして 世界は続く
自由詩
プライヴェート・エンド
Copyright
佐々宝砂
2004-10-18 20:57:18