リトルナゴヤとカブトムシーズの冒険-1
水町綜助

線路というやつはなんだって
この直線的な箱を
ねじ曲げることなく
流していけるのだろう
緩やかに曲がってくクセして


ぼくは客車のぱさぱさとした手触りの赤い
キルトのようなベッドの上
細胞ひとつひとつに火を灯すような
太陽を水晶体に潜らせ
氷の中に閉じ込められた空気のような
まぼろしを国家として
その土を旅行している

道連れはロックバンド カブトムシーズと
広告代理店社長マ・吉田氏のふたりだ
「リトルナゴヤ、月からの視点で考えてごらん」
マ氏は電子タバコをぷかりと吹かすと
横でジョイントを吸っているカブトムシーズの気門に水蒸気を吹き付け、ヒュウと吸い込み
ことばを続けた
「一見曲がりくねるこの線路もはるか彼方から見ればまっすぐであるよ。
 言い換えれば君はアリの目線を持てばいいのであるよ」
もうぼくの寝そべるこのベッドはぼくのかたちに影を焼き付けてしまいそうだ
カブトムシーズは高まり続ける気温と逆行するようなアイスブルーの空色を
甲羅のエンボシーな質感に流して
濡れた複眼でぼくを見ている
「昼、ねむいのだ」
そう言いたいのだろう
マ氏の発言はぼくを煙に巻くが
物言わぬカブトムシーズ達はとてもストレートにぼくを透過する
そういえばこいつら
何匹いるんだろう
かぞえると4匹
しかしどうしてももう1匹いた気がしてならない
こんな経験はよくあるのではないだろうか
旅先の朝、夜に酒を飲み
語らった一人のことをどうしても思い出せない
居合わせたものにその存在のことを話すが
そんな者はもとよりいない
ロックバンドカブトムシーズは、歌こそ歌えぬものの
夜毎ステージに4匹が漂然と立つことでその言い知れぬ不在感を表現する
立つとは言ったが
もちろん這いつくばってのことだ

マ氏はそんなぼくの述懐をよそに
カブトムシーズの1匹を抱え込み
その羽に何かを書き込んでいる
見ると黄色の枠に赤い文字でハレクリシュナと走り書きされている
広告屋の性分か、ちょっとしたスペースを見つけると宣伝文句を書き込まずにはいられない
そう言えばこの急行列車のお世辞にも広いとは言えない客室の中にも
柱やらベッドの縁、飲み物を乗せる簡単な机、床にも、ペンキでなにやら書き込まれている
検札に来たターバンの男が、訝しげな顔で客室を見回し、マ氏に清掃代を請求していたが、マ氏は
「売るべきものに対して金を請求されてしまったよ。しかしこれもグロスの金額に丸め込んでしまおう。媒体を買ったワケだからね。いささか掲出期間は短くなってしまったが」
と軽くジョークめかして一人笑った
この不思議なサングラスの男
つるの部分に埋め込んだルビーの眼のゾウの金細工が輝く男
それはぼくの恩人だ
この旅を企画したのも彼にほかならない
ぼくは遠く流れる車窓の風景に目を戻し
しばし追憶に身を浸すことにした
土は赤い
木々はまばらだ
灌木のような
小さな草の茂みのような緑が赤土を盛り上げ
風景に色味を与える
列車はバラナシへ入る
その後ブッダガヤへ
甘露滴る曼珠沙華の白い花にかぶりつき
僕は乳ガユをちゃぶ台返しし悟達する
因縁果を三つに切り分け
順番を入れ替える
ぼくは悟達するから
ここへ来たのだ
だから
興行主の旧知の友であるマ氏に助けられ
サンデーロックのプロモーターをカジノのボディでぶったたき
カブトムシーズの永遠に奏でられることのない楽器のローディーを務め
会社をたたみ
植木鉢を割り
正面玄関で赤子を拾い
裏口で老人と語り
屋上で死んだ鳥を七輪で焼いて
地下室で病気のネズミを拾った
妻も子供も作り
どこかで生まれて
そのあとは忘れた

ご存知のように風景は速度を増して過ぎ去っていく
止まっていさえすれば進むことができる
そこにいたければ後ろ走りすることが大切だが
事を起こすがために恐ろしい速度を手に入れることになる
急行列車は走るのだ……



自由詩 リトルナゴヤとカブトムシーズの冒険-1 Copyright 水町綜助 2010-08-25 14:45:55
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