雨の唄を聴け
灯兎

見なれたいつもの道に 雨が降る
隣にいたはずの女の子は 排水溝へ流れていったようで
僕は一人で傘をさかさに持って 歩いている
溜まっていく水と すり減っていく僕と すくい上げることのできない女の子

泣くことも笑うことも 別れを言うことさえもできずに
過去に向かっていった女の子に
僕は何ができただろうか
伝えたい言葉はたくさんあっても そこにひとつの思いも乗せられずに
ただ立ち尽くした僕を あの子は責めるだろうか

傘が重くなってきて だるくなった右腕をさげると
足元に雨が集まってしまった
何かを映そうとしているそれは 黒く鈍く光るのがやっとで
アスファルトを恨んでいるようだった

いよいよ強くなり始めた雨に いまさら叫びたくなった
今なら聞こえないと 今なら届かないと
そう分かっているからこそ 今しかないと思う
けれど 言葉は舌に乗るまえに溶けて 酸味を残していく

空は変わらず黒くて 僕を押し込めようとしている
それでもいい どうせ何も残ってやしないし 何をできるわけでもない
思うけれど 傘を手放すことはできない
靴だって まだ新品みたいだし 
こうして歩き続ける僕は やっぱり滑稽なんだろうか

ずっと抱え込んだ言葉が重くて 足が鈍りそうになる
誰にも与えられず 誰にも持っていかれず
大事にしてきたそれは 熟すときを忘れた果物みたいで
僕の中でいやな匂いを出している

いっそ叫んでしまえばよかったのだろう
たとえその言葉が 何を乗せていなくても 何を映していなくても
たった一言
君のことを 殺してしまいたかったのだと 


自由詩 雨の唄を聴け Copyright 灯兎 2010-07-07 04:29:54
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