相殺しきれなかった外灯
吉岡ペペロ



相殺しきれなかった存在があたしたちだと思った
相殺されずにのこってしまったのがあたしたちの存在

お父さんのためだけに無駄になるかも知れない晩ご飯をつくっていた

ヨシミはユキオとカワバタどちらが好きなのかを考えたことがなかった
でも近ごろどちらかが可哀相に思えたりする
ユキオとサヤマのときはちがった
サヤマとははやく別れてしまいたかったから
ユキオと別れたいとは思っていない
カワバタとはすこし距離を置こうとしている

玉葱をミキサーにかけキツネ色になるまで炒めた
そこに粉末カレーをいれ泥になるまでシャモジで練りまわす
その泥におたまでお湯を加えながら味噌を混ぜていった
カレーの甘い香りと味噌の塩甘い香りがなじんでゆく

あたしは曖昧だ、ヨシミはそうひとりごちた

曖昧だから相殺されずにユキオとカワバタなんだろう
では、相殺とはいったいなんであろう
ヨシミはそこまでは考えなかった
ただ相殺とはなにかという感覚を景色としては感じていた
ヨシミの好きな夜のてまえの群青の空
あそこに澱みのように曳かれるカルテこそ相殺しきれなかった存在であるような気がした

カレーや味噌のダマがなくなるまでおたまでならしてゆく
ダマがなくなればさいごにお湯を三分の一ぐらいいっぺんに注いでスープの完成
お父さんが帰ってきたらスープに豚肉と葱をいれ軽く煮てどんぶりに取り分ける
湯がいたうどんをそこに落とせばヨシミ特製カレーうどんの出来上がりだ
離婚してからヨシミは極力お父さんにご飯をつくってあげていた
お父さんは帰ってきて晩ご飯がなかったら明らかに不機嫌だった
お父さんから電話だった

きょうから泊まりがけで山登りにゆくこと言ってたっけ、

聞いてないよ、ちゃんと言ってよ、いっつもじゃない、

おまえ誘ったら行かないって言ってたから、

もういい、それより山気をつけてね、だれといっしょなの?

電話をきるとカレーの湿気た匂いが部屋にたまっていることに気づいた
ベランダをあけてもそれは冷たくなるだけで立ち去らなかった

ヨシミはそとに出た
そのまましばらく散歩した
こどもの頃ウルトラマンの人形セットが落ちていた公園
あれをうちに持ってかえったらお母さんには褒められお父さんにははたかれた

公園の外灯がぽつんとしている
相殺されずにのこってしまったかのようだ
ヨシミはそれを写メにとりユキオに送った
外灯の明るさがくっきりととれて
宇宙ってのこりもんみたいだ、と思った
帰ったらカワバタに借りっぱなしのプルートウというマンガを読んでみようと思った





携帯写真+詩 相殺しきれなかった外灯 Copyright 吉岡ペペロ 2010-06-06 11:10:01
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