映らないんデス
大村 浩一

脳軟化症の徳三爺さんは
丸めた古新聞で家のTVを叩く
偉そうな人が映る度に
ウーウー言いながら
丸めた古新聞でTVを叩く
以前は政党とか見分けをつけて叩いていたのだが
近頃はマイクの束や街宣車の上らしい画面と見れば
誰でも叩くようになった


徳三爺さんがおかしくなったのはつい最近
地味な会社を勤めあげて定年
TVの番人ばかりして半年
家族が気づいた時には
自分の名前も言えなくなっていた


そのうちTVもおかしくなり
叩かないと映らなくなった
徳三爺さん独特の
ある角度、ある強さ、あるリズムで叩かないと
画面が復活しない
画面が乱れるたびに殴打一発
戻ってくる画像はお昼の暇つぶしやTVショッピング
はたまた料理や静かな座談会や騒々しい歌番組


やがてのべつまくなしに叩かないと
映らなくなってきた
歌のリズムに合わせて乱れる画面
そのリズムに合わせて徳三爺さんが叩く
張りつめた関係が維持されれば
TVは美しく映り続けるが
家族やヘルパーが背後に迫るだけで
画像は乱れた
TVが古くなったからだと
家族は買い替えようとしたが
片付けようとするたびに
徳三爺さん半狂乱になるので
ご近所の手前体裁が悪いと諦められた


そうこうするうち地上波はデジタル化
アナログの電波は送信を止めた
もはや何の番組も映っていないのだが
叩けば画像が乱れるので
それを徳三爺さんは番組だと思っているらしい



初稿 2008/7/5
大村浩一


自由詩 映らないんデス Copyright 大村 浩一 2010-05-28 21:01:45
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