うつくしい海岸と怪獣
水町綜助

海岸線に寝ころんで
国の皮膚が破れたところを見ている
ざぶざぶと水が侵入しては
さらさらと砂を溶きほぐして
ありきたりに
去って行ってはまた侵す
起き上がり
波打ち際に立って
まだふれ幅のちいさな呼応を感じれば
「こわいね」と呟いてみる
水が引くと
かかとの裏側から
砂を持ち逃げされ
水の下に描かれた砂の紋を見ながら
後ろに傾き
視界を占める空の面積が広がるから
もうほんとうに立つ瀬がなくなる

遠く海岸線から、ふたりの男女が、水着姿で歩いてくる
男はサングラス
女はペパーミントのビキニ
早すぎる海水浴
29度の太陽と
36度の火照ったからだ
まだ均衡しない水の冷たさ
波打ち際を歩くしかなくて
体は白い
白人だった

僕は

黒いジャケットを白い海岸に敷いて
仰向けに眠る
海水をぐっしょりと吸い込んだジーンズをはいた足を投げ出して
隙間の多い体の中には
わかめを拾いにきた蟻が何匹も這い込んでいる
目を閉じると
視界は血の赤を下地に塗り込んだ明るい暗黒で
その目玉の裏側で六本の足を持った働き蟻が右往左往している
瞼の天蓋の
さらに上には天井、
何本もの白く光る紗をひいた空があり
繊維を逆さに湿らせていく波はドレープ
芝だか蓼だか知らないが、クサがまばらに風紋をふちどり
空に波が打ち寄せている
丸い球体を真っ二つに割った
半球が地球儀のような模様(?)を空と海とクサで色付けし
眠る僕の足下を赤道に
くるりとアールを描いている
そう僕が赤道なら
脳は常夏に焼けて
南海で眠りから覚める大怪獣のように
白波を立ててこの本土に戻り
石油コンビナートなど破壊しつつ
熱線を吐いてみる
鳴き声はそうだな
侵略者というものが革新的であるべきだと仮定するならここはひとつ間の抜けた
にゃごろーっなどにしたとして
そうして街を蹂躙するが
半笑いで踏まれていく人もいるだろう
そうして破壊の限りを尽くした後
この海岸線に居座りまた昏睡
以来暴れなかったとして
後年人びとはどのようにこの大怪獣を述懐するだろう
やはりその鳴き声はこの夢想のくだらなさを置き去りにして
耳を覆うほどの恐怖の絶叫に成り代わるのだろうか
いや怪獣の到来を知らない子どもたちにとっては
かつて半笑いで踏まれたやつらよろしく
どこか珍奇なものとして受け入れられるだろう
「言うこと聞かないと、『にゃごろーっ』が来るよ!」
などと親御さんが叱ったとしても
このたとえば僕がいま寝そべる静岡のーどこだかわからないが灯台のあるー海岸線にすむ人々以外は
だってここにはまだやつがうずくまり
黒々とごつごつした濃い影のような背中を丸め眠っているのだから

そんな街の人々のことを思いながら
いよいよ働き蟻は足の付け根の敏感なところまでやってきた模様
そろそろ起きるとして
むくりと起きあがりあたりを見渡すと
海岸線を歩く季節はずれの白人カップルの姿はもう見えず
かつてアメリカに憧れた日本のサーフィン黎明期のことなど知らなそうな(まあ僕も知らないが
若いサーファーがひとり、大して高くもない波と格闘中だった

僕は頭をひと掻き
髪をなで
まだ濡れて固い
砂だらけのジーンズをたくし上げ
じゃりじゃりと靴をはき
砂に足跡をてんてんとつけながら
ゆっくりと東京へ歩を進めた


自由詩 うつくしい海岸と怪獣 Copyright 水町綜助 2010-05-24 17:30:37縦
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