糟糠
salco

ばあさんが男を一人しか知らないとしても
人生の物足りなさはそこに在るのではなく
今日もやかんの熱湯をポットに注ぐことや
皺だらけの寿命の尽きるのが
再来年でも明日でも変わりはしない
そのことに在るのでもない
ただ、背後の卓袱台で新聞紙をめくる音を
聞きながら思うのだ
あの人はいつも
私から幸せを引き出して行った、と

6月の空き地でナデシコを見るような
ささやかな喜びさえ
泥靴のような神経で踏みにじって来たのだ

小言         威圧
繰り言        我執
無視         嘲罵
舌打ち        侮蔑

こう思うと
生きながら半ば死んで来たようで
慙愧にたえない気がする

定年後は日がな家にいて
益体もない切り抜きや読書ばかりし
三食を作らせ茶を淹れさせ
来客でもあれば大威張りで愛想を振り撒く
破れ簾のような頭にまだ整髪料をつける男が
何故まだ自分の夫なのか
信じられない気がして来るのだ

沈黙         体臭
しわぶき       口臭
咀嚼         便臭
おくび        俗物臭

子供達はとうに巣立ち、孫達もみな義務教育を終えて
それぞれが大人への階梯へと踏み出しているというのに
これは、何かの間違いではないのか
許されざる不正なのではないかと
毎日
毎日
こうして台所に立つごとに 思うのだ

そして包丁を持つ手に力が入ると、ぎゅっと目を
つむり、 想念の          方を
切り刻む よう  努めて 来たのだった
今朝までは




自由詩 糟糠 Copyright salco 2010-05-24 02:41:34
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