armoire caprice
渡 ひろこ

駆け上がったスケールの天辺で
頭にティアラを乗せられた途端
3オクターブ下の森へと転がり落ちた
黒鍵に打たれた身体に赤い痣が散る
地面に投げ出された
ティアラの真直ぐで静謐な輝きは
脆い影を抱える私の周りをゆっくり蝕み始める



「アーモワールカプリス」
森の暗闇から梟が低い声で謎掛けをする
光を放つものはクローゼットへ 
掲げてはいけない
アンテナを巡らす蜘蛛たちの網に捕われてしまうから


「アーモワールカプリス」
小枝をすり抜ける蜜蜂が耳元で囁く
嘆きの呟きは寡黙な井戸の底へ 
黒い言葉は吐いてはいけない
サテュロスが匂いを嗅ぎつけ喰いにくるから



 (赤い痣が疼く
  剥き出しの苛立ちがピンポイントで襲ってくる
  陰鬱なトゲを刺すネットの中でもがいて
  嵌まってしまったスパイラルの出口はどこか)
  

                                  
身体中に咲いた赤が褪せたとき
森のアザミがそっと教えてくれた
クローゼットの扉は開いている 
閉じられないうちに仕舞って
アーモワールカプリス 
風向きが変わらないうちに                                                 


素肌の痣が消えたころ
隠れた小道が現れた
森の出口へと足早に急ぐ後ろ姿を
ティアラを呑んだクローゼットが
息を殺してじっと見つめる




※arnoire caprice (アーモワールカプリス)仏語で気まぐれなクローゼット
           






自由詩 armoire caprice Copyright 渡 ひろこ 2010-05-14 19:38:33
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