ハンチング
あおば

                   100501



左前に着たカーディガン
朱色の毛糸が縺れながら
ボタンを嵌めるのが面倒だと自転車に飛び乗ってかぶりつけないハンチングを見せつけるたびに元士官候補生が権威を見せつけるかのように姿勢を正すのだと背中に目を移植して緊張感の無自覚を糾しているのは10年前の記憶
緊張感のほつれたままに
毛糸の糸を引っ張ると
ゆるゆると伸びてゆく
ほつれの程度に差があるかと
小さな穴に通してみるが
何時でも試す時は
するりと通り抜ける健気な根性
ブラックホールの誕生だと
小躍りしながら穴の向こうを覗いてみたが
無効という文字が薄く微かに読める
ぼんやりと浮遊した感覚を訊ねて歩くうちに距離を稼ぐ
稼ぐに追いつく貧乏なしと励まされ
消えてしまったミニブラックホールの引力圏を逃れ
夕立を避け
透明100均傘を携え
カミナリを観測する中年の男達が
ベランダから身を乗り出し過ぎて落下するのを
面白そうに観察するコンデジの孤独感
安全地帯で撮影するデジタル一眼の群れは舞台監督に推挙されたばかりのニューフェースの都電車両を取り巻くたくさんの人たちに撮影され続けている
下車前途無効とか鉄オタとか言われながらも中央分離帯を避けて設置された路面電車の安全地帯に地雷は埋めてないよねとの場違いな質問にも聞こえなくなった左耳と爆撃機が住みついた環境の悪い右耳は配給の1斤の食パンを求めておずおずと差し出す小さな手のひらでは金蠅と銀蠅が喧嘩して日の光を独占しているのだが、藤棚から垂れ下がる可憐な紫の花びらを眺め
柏餅を頬張る意地汚い観光客は
火の見櫓の下に整列させられ
半焼で耳を焼かれ
頭から竜吐水を浴びせられ
ナパーム弾で焼かれた家の跡で転げ回って復讐を誓ったのを忘れ
大型連休の手羽締めに舌鼓
鬼怒川に架かった橋から蛤のように華麗なダイビング
浅蜊を掘るプラスチック製の熊手を干潟に忘れたのを
10年後に思いだすのを商売とする
小さなことを失念すると
いつかは巨大なブラックホールに吸い込まれると
10年単位で記録するのにも飽きた
横書きで横着な野生復帰を願うハンチング


自由詩 ハンチング Copyright あおば 2010-05-01 08:14:41
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