終息の渦
Oz

余波を受け
船が転倒する
波間から富士が見える
富士は変わらない
100年前から
1000年前から
10000年前から
もっと
もっと
もっと前から
富士は富士のままだ

気泡が弾ける
1つの亀裂が
致命的終息をもたらす
終息は連なり
渦を成す
僕は吸い込まれる

今僕の前には
犬が横たわっている
小学6年から大学2年まで
約10年間一緒にいた犬だ
家に帰れば
彼女が居て
温かく出迎えてくれた
そんな彼女が
もう死んでしまった彼女が
今目の前にいる
触れたい
けど触れられない
僕にはどうやら実体が無い

目覚めるとベットの上
皆が心配そうに眺めている
母親なんかは泣いている
開口一番僕は言う

「このまま死ねればよかったのに」

病院の窓からは
富士が見える
何も変わらずソコにある
何も変わらず
ただそれはおおまかな話だ
土壌は変化し続けているし
観光客のせいで
ゴミが蓄積しているそう
比べれば徐々に見かけも変わってきているのだろう

僕に実体が無かったのは
まだ死んでいなかったからじゃない
僕が僕を
この現実で
感じることができていないからだ

世界には
生と死が氾濫し
境目がわからなくなっている
唯一の境界は
ソコに在るか無いか
それだけだ

富士は目の前にそびえ立つ
犬の存在をすぐそこに感じる
僕の心臓は鼓動している

生など辛いだけだ
それでも彼女に会えた
早くそっちに行きたいよ
でも、僕には実体が無い

病院では
規則正しく起き
規則正しくご飯を食べ
規則正しい生活を過ごし
規則正しく寝る
そこにはわずかな充足と
不安がある

退院すれば
学校に行かなくてはいけない
仕事に行かなくてはいけない
嫌なことも
かったるいことも
楽しいことも
嬉しいことも
悲しいことも

おそらく僕は実体を得ることは出来ないだろう
わずかな充足
それだけが連なるんだ
それでもいずれ死ぬ
その時は精一杯悔しんでやる
死ぬ事を精一杯

犬は死ね直前
尻尾を振った
僕らは
その時
彼女の名前を呼んでいた
彼女はそれが嬉しかったのだ
ただ
そんなことが

富士は変わらない
多分僕が死んでも
只徐々には変わっている
そして失われる時が来る
富士でさえも
だから
今は思うんだ
今ココに居れてよかったって


散文(批評随筆小説等) 終息の渦 Copyright Oz 2010-04-25 16:27:48
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