イシダユーリ




ただ
きみの
ひるがえる肩が
遠い国の祭りのようだった
ただ
きみの
あげる声が
ひばりのはばたきのようだった

きみに
伝えたかった
だけ
なのだと
新宿駅構内の
BECK'S COFFEEで
ふと
思いついた
誰かが
誰かと
一緒にいたこと
など
なかっただろう
人間は
触ったら死ぬ
生き物なのだから
階段をのぼるまえ
逡巡して
 心配だ
 いつも
 きみのことが
 いまは
一行ずつ
嘘になっていく
ただ
きみの
がたつく歯が
つかわれないままに
ひかる矢じりのようだった
ただ
きみの
ざらついた首筋が
タバコの煙のむこうで
弾かれるヴァイオリンのようだった

きみに
伝えたかった
だけ
けれども
それは
犯罪だ
遠くにいたともだち
遠くにいったともだち
遠くだったともだち
BECK'S COFFEEの
むかいにある
大きい男と
大きい女の
マークに重なって
つっ立つ
みなかった残像
交番を
うつろに見つめる
眼球
通行人に
ふれなかった
皇帝たちが
毒を
あおっている
 きみの
 ことが
 ほしかった
一行ずつ
もどってくる
化石
わたしが
きみに
伝えたいことが
きみの
膜という膜を
破れば
いいだろう
けれど
きみは
触ったら死ぬ
人間なのだから
わたしの
ただひとつの
犯罪は
万引き
ひとけのない
文房具店から
うすい香りの
ついた消しゴムを
盗んだ
だけ
のことに
なり
お堂のすみで
脅える子らの
集まりに
しゃがみこむ
だれもが
はやく
家に帰りたいと
思っていて
けれど
帰りたい家を
もっていなかった
じめじめと
消しゴムを
食べることが
流行った
不味かったけれど
食べられない
ことはなかったから
スカートや
半ズボンを
はいて
ひざこぞうを
みせていた
食べられない
ことはなかったよ
なんだってね
すこしの量ならば
きみは海水
わたしは苔
たとえば
きみのお堂は
なんという名前の町にあるの
そこに行って
しゃがみこめば
きみは
ひとたまりもなく
わたしを
忘れるだろう
そして
海からは
自殺に失敗した人々が
みな
あがってきて
わたしは
わらってしまうだろう
ただ
きみが
田舎の夏にある
唯一の花火のようだった







自由詩Copyright イシダユーリ 2010-04-24 23:10:33
notebook Home 戻る