未明 / ****'99
小野 一縷



がらくたに音を立てた雨は 
まばらに窓を濡らしただけで 止んでいた
真っ直ぐな風が一通り
花弁を泥の上に 押し退けた後だった


冬よ去らないで


夜よ 
暗がりのまま
遠くの街灯だけを残して
明日を闇のまま
ここに 隙間風のように 静かに 流し込んでくれ
老婆が聞かせてくれる童話
惨酷な結末を
彼女が息を呑んで話し出す前に
灯りを消すとしよう
鼻につく 香の香りは もうたくさんだ
蝋燭の火の小さな息の根を ひと息で止めて
皮肉な生態の ひと時の安息が
吹かれて横に なびいて散った 無限を描く煙に滲んで
舞い上がり
また一重 天井の染みに こびりついた
目を閉じて 臨む 海辺
遠浅
凪を覆う 停滞した波音の木霊が
漆黒の舞台で 夜想曲を口ずさんでいる
ピアニストの左手の薬指
繊細で正確なタッチで 砂浜が泡立ちを 吸い込んでゆく
幽玄 
冷気を走らせる深夜の水平線
夜光虫は黒曜石のもつ沈黙に似た艶やかさを 
波間に投げかけている
星々と その揺らぎの 弱々しさを競うかのように
季節の節目の匂いは
街を吹き抜ける ありきたりな風に混じるように 
波の上を翔けてくる潮風には 紛れることが出来なかった
遠く鳴いているのは  
警笛
赤色を 時折灯して 渡来船が
波を 幾億の波を 一つ一つ越して
新しい日付を 名も知れぬ国から運んでくる
光の駆逐 闇が衰えてゆく
聞こえるか  夜が白む音
黒水晶の奥深い艶は衰えて
まるでくすんだ群青の油石
子守に飽きれた オルゴールの最期
振り絞った一音
冷え切った空気に 鋭く響いて
息絶える
夜の終りと伴に
朝の始まりと伴に
息をするのを忘れるように 眠ろう
今日を明日が じらしながら焦がして


白昼


旋風
跡形も無く舞い上げられた 冬の砂塵
擦った瞼を 視界を 霞ませるように ゆっくり開く
振り返らずに 残してきた足音と影を辿って
淡い木陰に 夜の使役人が 身を潜める





自由詩 未明 / ****'99 Copyright 小野 一縷 2010-04-23 00:12:24
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