嗚呼、原田芳雄(敬称略)
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XY遺伝子の真価とテストステロンの黄金律を顕現せしめた稀少野生種。容貌に幾分かコーカソイドの特徴を有する傷だらけ科色男で、原産地は日本。桃井かおり命名するところの「よしおちゃん」種。
主に1970年代〜80年代にかけ毛深い活動を行ない全国の女人に前線と呼ばれたが、老体となった今でもかっけー男の視覚フェロモンが保存され得ることを体現している。その意味では吉永小百合種と双璧を成す。
その点、ブリタニア属のD.ギルモア種は容姿の凋落甚だしく、R.プラント種は音楽性に於いて堕落し、P.ロジャース種は冬眠状態のまま絶滅した。アメリカ属の南方亜種ゲバラ種は赴任先で革命思想駆除のため検疫局に射殺され、北方亜種のX種は所属団体に反旗を翻したが為に射殺された。色気で勝負のM.ゲイ種は女遊びが過ぎて射殺され、スコットランド系金髪碧眼のマックイーン種は前近代的アイルランド系ウェイン種と同様、ネバダ沙漠での被爆が原因と目される癌で死亡、社会派臭で知られたコーザ・ノストラ系パチーノ種の蟄居は不遇というより何らかの健康上の問題と考えられるが、デ・ニーロ種は意気軒高、日本企業のCMで小遣い稼ぎに血道を上げているのは周知の通りである。ああ、ペキンパー科ウォーレン・オーツ種は土中で化石になっちゃった。


原田芳雄氏(以下敬称略)は私が中学1、2年の頃に大変憧れていた俳優で、小学校このかたGOやGO郎・西JOEなど同時代のアイドルにはとんとムラムラせず、笠智衆や佐分利信、滝沢修、舶来ものではローレンス・オリヴィエやアレック・ギネス、若いところでシドニー・ポワティエにグッと来ていたことを考え併せてみれば、いわば高趣味に適った現役男性の理想形としての俳優初恋篇とも言える人であり、どんなタイプも出揃った、その実平均化しているに過ぎない現在の俳優の中にもこのようにワイルドな男は東西ちょっと見当たらない。大御所づらする前の三船敏郎に近い野性味というか、いやもっと色気があってシブい。今人気のベニチオ・デル・トロが近いだろうか。しかしもっと美しい顔だった。

当時の彼は何でもござれの器用さがなかっただけに、実に稀有な魅力を放射しており、長身・筋骨の揃った体型、ウェーヴのかかった長髪に彫りの深い精悍な顔立ち、咽喉で押し殺したような声をボソボソッと、また何とも繊細な形の唇から出すコントラストがこれ以上はないほどセクシーだったものだ。そして恐らく、LEVISの中古ジーンズが似合う最初の日本人俳優だったろう、存在が実にR&Bなのである。バーボンのラッパ飲みとヨレヨレの白シャツ、馬泥棒と娼婦肩担ぎのお尻ペンペンが似合う男なのであった。
その頃ちょうど浅丘ルリ子がヒロインの「冬物語」というメロドラマが午後に再放送されていて、人妻と恋をし、最後は脳腫瘍で死んでしまう粗野な男を演じているのを観たが、東宝崩れの性格俳優(つまり醜男)や端正なだけの人気者ばかりの当時、甘ったるい外国の映画俳優にもない独自の男くささと渋い、どこかしら含羞のある屈折した個性に私も幼いハートを赤熱させたものだった。この直後に確か撮影中自動車事故を起こして、しばらくテレビから干されてしまったと記憶する。

70年代というのはあらゆる方面でもがき・あがきがイタチの最後っ屁的に放出された面白い時代だったのだが、逸材でありながらお茶の間向けには主役を張れなかったのは、アメリカン・ニューシネマの「イージー・ライダー」や「真夜中のカウボーイ」で薄汚れた純情の極致美に触れながらも、日本はまだまだダサダサ層がオーソリティをがっちり握っている時代でもあったから、こうした魅力に意識を向けるほど日本びとが審美的に洗練されていなかったのだろうと思われる。
何しろティーンエイジャーはぐにゃぐにゃしたお稚児風アイドルに嬌声を上げているのだし、女子大辺りのお姉さん達がミック・ジャガーやロバート・プラントにまつわるウエット・ドリームに明け暮れていたにせよ、テレビ画面にはこれ見よがしの薄汚い長髪と気色悪い七三分けとがはっきりと住み分けされており、この新劇出身の俳優が主演映画で脚光を浴びた時には既に27、8だったというから、その時点でもはや黄色いトキメキの対象外だったのかも知れない。何せヨン様に熱を上げるおばちゃまエイジのイコンと言えば往時はアラン・ドロンだったのだ。中年女の悪趣味というのは今昔不滅であるらしい。
無論、これだけかっこいい男に着目しない女もまた世に存在しないのであって、その低周波は膣ウラララまで伝播していたのだろうが、小学生の私には知る由もなかった。加えて彼は映画で演じた役柄の通りアウトサイダーらしく、自ら意識的にテレビというお手盛メディアから距離を置いていたふしがある。いぎたなくない所がまたかっこ良かったのだ。

型破りな、自己本位で野獣的な、という意味では大型新人・松田優作の魁と言える俳優ではあるのだが、背が高過ぎ四肢が長過ぎ(昼下がりのがら空きな小田急線でたまたま対面に座られた時、脚が何とM字になっていた)体型も目鼻立ちも細過ぎる、バッタみたいで気持ち悪いだけだった松田優作については、ヘタクソな歌も含め役者にはあるまじき自己陶酔的ケレン味がどうも臭く、アグレッシヴな独創性以外の美点は今もって見出せないでいる。だからより男子に人気があるのだろう、ブルース・リーと同じで女性一般にはアクが強過ぎるのだ。
一般に、女という動物はフェロモンの男クサさとクドさは弁別する。男が顔貌の処女風味と躯体の聖母淫乱説との分裂的接合のあわいで妙味に興奮するのとは違い、屈託のない我々は外観に醸し出されるキャラだけを問題視する。これは交尾に気乗り薄な野生動物一般の雌の心理に通底するのかも知れないが、要するに押しつけがましい男は煙たい。
土台オトコの美学なんざ電柱に小便かけて回る自己主張の為の言い訳でしかない。
どうも男という生き物は、少年時代に内在した女性的感性を抹殺してからでないとひとかどのオトコに変貌できないと思い込むのらしく、成人後は殊に勃起の講釈じみた能書きを並べ出す。社会通念への迎合表明でしかないそれで心の片隅に残存する不安材料を相殺し得たように装うのだろうが、そんな時、古来よりオンナはうんざりして呟き続けるのだ ―― Speak not, just do it.

外見的には極東のヒースクリフかチャタレイ夫人の恋人かくやの原田芳雄は、寡黙さが侍であり、騎士的に清潔だった。だから暴力性に官能が通じている。そしてセクシーであってもいやらしくない。いやらしくないのは媚びがないからである。肉体と彷徨と含羞。つまり血と知と理、硬派なのである。
このトリニティーは一個人になかなか揃うものではない。ハーディー・クルーガーはいい線行っていたが去勢羊的だった。かと言ってマーロン・ブランドは全身男根でもはや人間とも思えない。中を取ってデンゼル・ワシントンがバランスに優れるが、いかにも良識の塊で破綻の余地がない。いい脚をしているという意味でも、ハンサム過ぎるがスコットランド人のショーン・コネリー辺りが近いかも知れない。反骨の、しかし彼でさえ若禿げなのだ。だから稀有なのである。

確か私が中学3年の時、友達3人と経堂だか梅ヶ丘だかのお祭りに行った際、僥倖にも至近で見かけ、心の中で絶叫を上げたことがあるが、その時は御本人よりも寧ろ傍らで遊んでいる半被姿の、5歳ぐらいの息子さんが睫毛の長い、とてもきれいな顔立ちだったのが何故か鮮烈な印象として残った。
さてその原田芳雄だが、昨年末テレビコマーシャルで見かけて私は慨嘆してしまったのだった。何とあの鋼鉄色男が、縁側に座ってお歳暮のハムだか何だかを「うん、うん」と受け取るのである。光陰矢のごとし。栄枯盛衰何とやら。
既に白髪でウェーヴはかかっておらず短いのはいつかのTVドラマで見知っていた。また「タモリ倶楽部」で鉄道やNゲージマニアとして少年のように打ち興じる姿にも、飾り気のない人柄が窺え常々喜ばしく思って来た。
だからその流れでお歳暮の宣伝に一役買うのは構わないのだ、いやそんな事はどうでもよい。会社の重役然として黒縁の眼鏡をかけた原田芳雄の、70年代80年代を通じ極めて縄文チックにテストステロンの横溢を誇示してやまなかった眉毛が薄く細くなっているのを目の当たりにして、非常なショックを受けたのだった。
老化による中性化の波が彼をも洗うという、この現実。
何と、あの原田芳雄が笠智衆化しつつある……好々爺へ逐次変貌中、なのである。
思えば70に近いであろうから当然なのだが、私の愛した30代、40代の原田芳雄がこうして寺山修司伯楽の「田園に死す」「さらば箱舟」両DVDの中に学術的にも見事に保存されているのを偶然とは言え目撃し、第2次原田芳雄ブームの到来を高らかに自己宣言した矢先なのであった。それは主演映画「竜馬暗殺」を観た私が決して知りたくはなかった真実 ― 絡げた着物の下でぺにょんぺにょんとたわむ、その尻の肉質のあるまじき柔らかさ。この世界に完璧な人間は存在しないと知らしめた ― をも払拭して余りある感興であったにも関わらず。

ああ、吹かば吹け秋風よ、我が理想男性のイコンたる原田芳雄はされど永遠なり。
何故なら、にも関わらず彼の老いくすんだ顔貌は相も変わらず気高く美しいのだ。この上はぜひ、脊椎を駆け上がるほどムチャクチャなじじいの役を演じて欲しいものである! そう、レイバンのグラサンとくわえ煙草が世界一似合う男の最後っ屁として、だ。
シェイクスピアくそ食らえ! 商業演劇くそ食らえ! 尻のむず痒いTVドラマくそ食らえ! 原田芳雄永生なるかな。花よりも儚き役者の、けだし青嵐の如き激烈なる一期の存在に於いてをや。


   何ともおバカな評論を展開し、どうもすみませんでした。
   


散文(批評随筆小説等) 嗚呼、原田芳雄(敬称略) Copyright salco 2010-04-11 08:26:26
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