満月は欠け始めた。人類は月を10万年間も見て来て、・・・・・・それでどうだと言うのだ?
salco

1  月はまるで、地球の薬指に光る真珠のようだ。
2  月はまるで、大きな藍闇に光る女の目のようだ。
3  月はまるで、私の心を映す鏡のようだ。     欠け行き満ち来る銀鏡。
4  月に呼応し海洋は膨張し収縮し、
5  月に呼応し女の下腹から血が滴り落ちる。痛みもなく、或いは鈍い腰痛などと共に。
6  月にはうさぎがいる。
7  月にはうさぎなどいない。
8  だが少なくともアームストロングの足跡はある。
9  畜生、アームストロングの野郎め、上手い事やりやがって(ガガ―リン)。
10 それにしても私はカモメ、じゃない。チェーホフも余り好かない。
11 だがツルゲーネフは今でも好きだ。愛してさえいる。
12 だが、それにしても月に空気はあるような気が、私には3千年も前からしている。
13 風は無い。絶対無い。
14 クレーターが在るという事は、即ち大気が無いという事だ。
15 ところでこの即ち、には永遠と云う一瞬が介在する。
16 気の遠くなる程の一瞬。
17 しかしそれでも私は、月の真空中には香りがあると思いたい。
18 それは紫色の、むせるような濃厚な香りであって
19 ふた言で言うならそれは官能と空虚だ。
20 ああ、永遠の空虚ほどの官能はない。
21 ああ、永遠の官能ほどの空虚はない。
22 月に別荘を建てる。
23 それで?
24 私は月に別荘を建てる。すると正面に
25 青い、嘆息より巨大な青い地球が見える。
26 それはセンセーショナルな悲しみだろう。
27 私は毎日それを眺めて暮らし
28 毎日眺めて暮らし
29 飽きもせず眺め暮らし
30 毎日涸れる程の慕情と涙を捧げ
31 きっかり11日目に発狂してしまうだろう。
32 恋しさの余り・・・
33 そう、月には誰もいない。
34 誰も。だーれも。
35 だからって訳でもない。
36 ただ、地球は美しい。青い。
37 あれは大気と海原の青だ。
38 そう、月に希望は無い。
39 月に無いのは大気と希望。
40 だから海が無い。空が無い。
41 だから月で一人ぼっちよりも
42 地球上の孤独が千倍ましだ。
43 何故ならそこに永遠の絶望は無いから。
44 地に足は着いている事だし。
45 それでもああ、夢は日々遠い。                 


自由詩 満月は欠け始めた。人類は月を10万年間も見て来て、・・・・・・それでどうだと言うのだ? Copyright salco 2010-03-30 04:30:00
notebook Home 戻る