許せない春
いとう


サイトーさんの常備薬のひとつに釣り針があって
咳の止まらない日にはそれを喉に引っ掛けてミチさんを釣り上げる
ミチさんは体長数ミリの小人で
だいたい寝ている間に鼻から入ってくる
ミチさんが何故そんな暗くて狭くてぬめった場所を好むのか
その生態はまだ解明されていないが
咳が出るくらいで特に危害はない
釣り上げられたミチさんは特に悪びれることもなく
めんどくさそうにカタカタとどこかに消えていく
サイトーさんはいつもそれを目で追うが
どこに行ったのかいつもわからない
ふと目を離した隙にいつも
どこかに消えてしまっている

その日のサイトーさんはあまり機嫌が良くなく
ミチさんを釣り上げると
ふと、気が向いて
釣り上がったミチさんをティッシュで包み
その場で潰してしまった
黄色い液が多少出て
少し臭ったが
手を洗ってそれで終わり
のはずだったが
次の日、起きると大量の、

(以下想像どおりなので略)


春、と言ってもまだ薄ら寒い日
私は瓶に閉じ込めたたくさんのミチさんの中から一人
ピンセットで取り出して
窓を開け
解き放つ
ミチさんは風に乗って空を漂い
そのままどこかに消えていく
その他の
閉じ込められたままのたくさんのミチさんは
それを見届けるといっせいに
私を見つめて何か言いたそうな顔をするが
そのうち諦めて
もぞもぞと動き始める
閉じ込められた
瓶の中で
少しやるせない様子で



自由詩 許せない春 Copyright いとう 2010-03-25 15:23:44
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