声の事
プル式

誰にも聞こえない小さな声がする
誰にも見えない僕の隣にいるはずの声
どんなに騒がしい場所でも僕にだけ聞こえる声
どんなに静かな場所でも僕にだけ見える声

声は僕の中の小さな不安に話し掛ける
小さな不実に、小さな希望に
小さな色々な事に話し掛ける
僕は泣き、笑い、話し、それからおびえる

声は薄らと姿を現す
窓や携帯や時には目の前に薄らと姿を現す
そんな時声はただ黙っている
ただ黙って能面の様に何かを問いかける

時には僕から話し掛けるけれど声は応えない
姿を現す事も無ければ声を出す事さえしない
それでもそこに居るのだと僅かながらに分かる
それだけで安心だった

いつからだろう声が遠くなった
僕は泣く事が少なくなり代わりに笑う様になった
ただ平穏な時間が粛々と過ぎて行く中で
声の事を考えない日が多くなった

ある日電車での帰り道で目の前にいた男が咳をした
一つ、二つ、三つとそれが耐えられなくなった
四つ、五つ、六つと息を押さえ両の手を握りしめた
顔を反らすと窓の中で真っ赤な顔がねめつけていた

呆然としたままラッシュに押し出された僕は
駅のトイレで手と顔を洗った
何度も何度もくり返し洗って顔を上げると
鏡の中で青白い男が静かに笑っていた。


自由詩 声の事 Copyright プル式 2010-03-14 16:48:20
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