沁みていく春
あぐり

2010年
わたしの21回目の春で
年が明けてからどうにか
一粒の睡眠薬と二粒の精神安定剤を飲まないままに
すこしずつ
からだのなかに春が沁みていく

2010年
きみに出逢ってから八回目の春で
でもやっぱり
きみと過ごす最初の春で
12歳できみを見たときよりふかくふかく
きみを愛しているよと
すこしずつ
きみのなかに春を沁ませていく

2010年
声を取り戻してから七回目の春で
大事なことをちゃんと言おう
声はとても怖いものだけど
それでもとても愛おしいものだと
自分の声を少しは好きになれる気がしてる
すこしずつ
声のなかにひだまりを沁ませていく


(のどのおくにフォークをつきさそうとしたあのしゅんかんのつめたいひかりをわすれない)


2010年
やさしく縛られてから六回目の春で
ずっとずっと
傷が残っていないとすべてが嘘だった
もうわたしには狂うしかないのだと
そんなことを毎晩想い続けて
ただしい眠り方を忘れてしまった
すこしずつ
わたしのなかに海が沁みてくる

2010年
白い線を刻んでから五回目の春で
とてもとてもふかいところでつながるわたしの親友にも
見せられなかった肌があつかった
洗面所の鏡と浴室の排水溝にながれていくのは
ちいさなわたしの欠片たちで
いちにちのなかの唯一のたべものたちもみんなながれた
すこしずつ
肌のなかに夜が沁みていく


(おかあさんにしがみついてなきじゃくったあのしゅんかんにひびいたさけびをわすれない)


2010年
からだに不純物をとりこんでから四回目の春で
「人が多いと気持ち悪いんです」
「教室はわたしを押しつぶすんです」
電車に乗ることが多くなった
新しい学校にはなんにもなくて
新しい病院には現実があって
どちらへむかう途中にも
白線の内側で電車を待ち続けていた
すこしずつ
あたまのなかに白さが沁みていく

2010年
眠ることに失敗してから三回目の春で
どうしようもなくひとを傷付けたのだと知った
病院のシーツにくるまりながら
起きたときに出されたパンのやらかさと
わたしのまえでは泣かなかったおかあさんたちのかお
すこしずつ
わたしのなかに声が沁みていく


(おとうさんにたたかれたほほのあつさとまどからさしこんでいたあおいなつをわすれない)


2010年
絵がまた描けるようになってから二回目の春で
部屋のいちばん後ろの席でひとり泣いた
これしかないならこれをやろうって
からだじゅうがあつかった
オーバーヒートしたその夜には
いつだって新しい夢をみていた
すこしずつ
このゆびに熱が沁みていく

2010年
きみがまた傍にいてくれる一回目の春で
朝ご飯を毎日食べるようになった
眠れない夜でもきみがいてくれるから
箱に溜まり続けていくのは白い欠片
十日後には指輪を買おう
出来る限りいっしょにいられるように
すこしずつ
わたしのなかに生きていくことを沁ませていく


次の春がくるときに
すこしでもわたしのなかにしあわせが沁みていますように
きみのなかにしあわせなわたしが沁みていますように
すこしずつ
春のなかに祈りを沁み込ませていく




自由詩 沁みていく春 Copyright あぐり 2010-03-06 12:26:35
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