帰れない

今までどうしても言葉にできなかった
いつだってそれは眩しさと悲しみのイメージで立ち表れてくるし

僕の言葉はただ、その名から溢れ出るしかないものだから

それでも今日僕は綴る

八十年も泣かなかった人が泣き
寂しいと呟いたから

誤解も批判も全て受け入れるつもりで
誰にも読まれずとも心を映すつもりで
綴ることをどうか赦してほしいと思う

どんなに幸福が目の前に差し出されても

もう、帰れない人がいるから
まだ、帰れない人がいるから

帰れない場所

言葉に出せないほど愛したかった
僕らの生まれ島、

沖縄




その頃命は全部一つだったからね

誰もが皆、何も怖くなかった
立てなくなるほど殴られたけど
油にまみれて飛行機を見送れば
やがては幸せが来ると信じていた

当たり前だけど、いつかは帰るつもりだったから



玉が砕ける音を知っているかい?

仕方ないと解っていたけど誰も何も言わなかった
もう死ぬ事もできず泣く暇もなく解散になった
兵隊さんは皆汽車に乗るというから
荷物ひとつで一緒に乗ったら

その行き先に
僕の故郷の名前は無かった



皆帰っていった
僕はどこに帰ればいい?
皆素直で誠実で
何も知らなかったから
渡されたお守りを開けたら
砕け散ってばらばらになったと人づてに聞いた

「ケンミン、カクタタカへリ」

母よあんまー
友よどぅしぐゎ
愛しい人よかなしーぐゎ

僕は何の為に生き延びたのだろうね

命は宝だと言うけれど
独りぼっちには優しすぎて残酷だった



泣き方を知らなかった
泣いてはいけないと教えられたから
悪い事はしてない、生きる為という理由でも通るのであれば
死に物狂いで歩いていた
使い捨てだと言われたような命で

何をしたか、お前たちは知らなくてもいい



守るべき人ができても
可愛い子や孫に囲まれても
誰も入れてあげられない扉がある
鍵はどうにも錆び付いてしまって
六月になる度に曖昧な思い出だけが
壊れたビデオテープのように再生させられ
ため息でかき消して生きてきた



語るものなんてない
語れるような学問もないのだけれど
僕は確かに生きてきたのだ
忘れないでとは言わないから
この夜だけは聴いて欲しい

あれからもう何十年も経ったよ

それでもほら、
今だって自分でも呆れるくらいに

こんなにも寂しいのだ

温かくて幸せなのに

こんなにも寂しいんだよ



皆帰っていった

僕は何処に帰れば良かった?

ドルの島
左ハンドルの暑い島には
サンシンよりもロックが似合っていた

僕の故郷は何処へいったのだろう?

皆帰っていったけど
僕はどこに帰る?

僕の生まれ島は

おきなわ、
オキナワ、
okinawa、

沖縄



聞いてくれるかい、
聴いてくれるかい、

覚えていてくれるかい


僕は、ずっと

沖縄に帰りたかったんだよ



泡盛が優しくその日の彼を包んで
僕は泣きながら彼の寝息を確認する
明日はまた強い人に戻ってくれるだろうかと思いながら

沖縄、という

その言葉の複雑さに打ちひしがれるような思いでいる

知っていただろうか
この島の老人は誰もが皆、
優しい目の奥に誰にも語らぬ暗さを持っている
語らずに生きられるよう、明るく笑う強さを必死で身につけたのだと言う

それでも生きる今日に
怖さにも似た輝きがある

あの日青年だった彼は
八十になっても青年のままで

あの時したくても出来なかった事
―心の底から泣く、という事を

戦を知らぬ僕の前でしてみせたのだった





自由詩 帰れない Copyright  2010-02-10 22:31:49縦
notebook Home 戻る