観覧車のこどもたち
済谷川蛍

 彼らは錆びに覆われた観覧車を遊び場にしていた。一台のゴンドラに色とりどりのランドセルが並べられている。ガラスのない窓から町を眺める。自分たちの町を見ると何もない町であることがわかる。自分たちがいまいるところはそんな退屈な世界とは遠く離れている。まるで船。パスポートを持った仲間しか乗れない船なのだ。パスポート発行の権限は彼らが持っている。彼らはその条件を少し厳しく設定している。もし世界が滅んだら、この観覧車を基地にすると決めていたから。
 携帯電話が鳴る。今から行くよ、という報告だ。ガスガンを撃ちながら男の子が到着した。ドアを開け、みなが席を詰める。互いの肌の温もりを感じながら、幼稚な戯れ、ロマンチックな陶酔、緩やかな回転運動。彼らの人生の最高の時であった。
 バタバタという音とともにヘリコプターが近づいてくる。機影はグングン大きくなって立体的になってくる。こどもたちの世界は戦争の真っ最中へと変わる。みな息をひそめ、身体を密着させる。ヘリコプターは遠くへ飛んでいく。男の子が空に向かってガスガンを撃った。みなが笑う。携帯が鳴った。侵入者の知らせだ。こどもたちは再び身を屈め、黙り込む。犬を連れた大人の男性が通り過ぎる。大人は敵だ! 気付かれないように双眼鏡で見張っていた少年がもう安全だと再び携帯を鳴らすと、こどもたちは安心してイスに座り直す。こどもたちは未熟故に仮想的な事柄を現実的に意識することが出来る。
 家に帰れば彼らは家庭のこどもに戻る。友達との繋がりは断たれ、替わりに家族や、家や、ペットと繋がる。親たちは自分のこどもが゛観覧車のこどもたち゛であることを話で聞かされて知っている。しかし廃棄された観覧車を大人の思考でしか認識出来ない親は、こどもたちが観覧車の周囲に築いた仮想的な世界を知るよしもない。いずれはこどもたちも大人になる。そして時間は流れ、数々の夢の在りかであった観覧車も壊され、跡には何も残らない。


散文(批評随筆小説等) 観覧車のこどもたち Copyright 済谷川蛍 2010-01-14 07:09:01
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