赤の缶詰
杠いうれ

いやな雰囲気で目覚めるのはよくあることで
なんとなく被害者めいた気分で体を持ち上げる
騒々しい光が 厚いカーテンを押し退けようと疼いている
ぼんやりとそれを見て
胸のした揺れる 赤い実に気付いた


伸びっ放しの髪の先には 木苺がいくつも生っていて
木苺というものかしら髪に生っているのに などと思いつつ
フランボワーズのようだけど早速いで味見をするのも野暮な気がするし
少々毒々しいけれどヘビイチゴと括るのもはばかられるし
生育とか和名がどうとかなにやら面倒に思え
滅多にないことだし ゆらんゆらん、なんだかきれいに思えてきて
早起きの弟に自慢しようとリビングに降りると
気味が悪い、と鋏を手渡された


朝食の匂いを振り切り最寄駅まで出てみるが
そのようなつもりはないけれど高揚しているのか他人の視線も捕まえられず
そういや毎日挨拶を交わすクリーニング屋の店員にも声を掛けられなかったし
悔しい気すらしてきたので 駅員に列車の時刻でも訊いてみようかと
階段のした2号車の辺りまで来たところで
爪先に何かが当たり それはごろりと転がった


鷺ノ宮まで、止まりません。
女の声で自動アナウンスが流れ
いつもこのアナウンスはどこか切実そうに聞こえるのだけど
それは 止まりません がまるで 止まれません のような表情であるからなのか
今日もいまいち分からないまま 先程転がった(そしてすぐ静止した)缶を拾った


缶は空き缶ではなくて 封の開いていない缶詰だった
薄い紙のパッケージは剥かれていて
落とし主の性格なのか何か他意があるのか 緑色がところどころ張り付いたままである
ところどころなので中身は不明だが ZUTATEN: ――昔憧れた国の言葉が読み取れた
成分。
でもその先は剥かれている 独逸で、きっと無機質な機械に大量生産されたのだろう
イメージってときどき馬鹿馬鹿しい 
缶詰が規則的に並んでいる姿は美しいだろうな
不規則に揺れる苺をてのひらで弄る


てのひらの苺は しれっとマーケットの苺みたいな顔をしている
髪に繋がれたままだというのに
缶詰は 振れば窮屈にこぽこぽという音を鳴らした
中身は分からないけれど
今日は分からないままがお誂え向きな気もするし
こぽこぽを聞きながら 缶詰の中身は苺の煮たのなんじゃないかななんて
勝手に合点がいったような清々しささえ覚えて
ゆっくり階段を上っていった




自由詩 赤の缶詰 Copyright 杠いうれ 2010-01-10 14:58:43
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