コントラバスは昏睡していた
エズミ

たんぼを適当に切り抜いて、開いた空間に建てたような小学校だった。敷地とたんぼは舗装道路でくぎられていたが、ブロック塀や植え込みで囲われてはいなかった。校舎はカステラのひと切れみたいに呆然とつったっていて、校庭は放心していた。わずかに保った正気のはずの二百メートルトラックは、ところどころ切れていた。五月の終わりころには芝生の植わった校庭のへりは、野原に還ろうとしているみたいにクローバーが芽吹き、走りだしていた。すみっこに雲梯や滑り台やジャングルジムなんかが、ぽつらぽつら生えていた。晴れた日の午前中に通りかかると開け放った窓から、陽気な喧騒がひよめいていた。
 その日の放課後、ブラスバンドが校庭で練習していた。今度の日曜日は運動会なのだ。遠目からだと、手足の先端がきらっと光る子供たちのひとかたまりに見えた。すごく生真面目そうに並んでいた。コントラバスも一台、横倒しに待機していた。女の先生が両手を大きく振って指揮していた。一オクターブぶんの音階を皆で何回も合わせていた。今度の日曜日に間に合うか、ちょっと怪しい習熟度ではあった。軽快な行進曲でも演奏するのかと期待して待った。鳴りだしたのは、なにか民謡を吹奏楽向けに編曲したもののようで、濃ゆいかんじの演歌に聞こえる。温泉地の宵の口を思わせる旋律で、そこはかとなくえげつない。てんでんばらばらのぎくしゃくしたリズムはたちまちほどけて、たんぼに向かって音は逃げていった。ゆるい。重篤にゆるい。笑った。コントラバスは昏睡していた。


散文(批評随筆小説等) コントラバスは昏睡していた Copyright エズミ 2004-09-21 01:54:46
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