声を聞かせて
灯兎

声が聞こえる
遠くに引いていった海のほうから
名前を忘れた街の小路を抜けて
僕に届いている声がある

僕の夢を ささやかな願いで紡いでくれた彼女の
最後の言葉を 声が濁ったものへと変えていく
そこに残った糸の一筋でも 拾えればいいのだけれど
絡まってしまったそれは 僕の指ではもう辿れない

声はだんだんと小さくなって
名前を失った人の頭上を飛び越えて
樹海の深くへと沈んで行く
それは去り際に 頬を染めたようにも見えた

あの声は 僕をどうしたかったのだろう
憎んでいるならば 僕の言葉を奪えばいい
好いているならば 僕の思い出を消せばいい
それでも声は 思い出と言葉を
ひとつずつ残していった

嘘と穏やかな笑顔
隣り合わせに埋められたそれは
やがて寄り添い 大きくなって彼女になった

彼女が今も隣にいれば
僕は夢を諦めていたのだろう
けれど
あの声が届いたから
僕は夢を追いかけることができるのだろう

声の去っていったほうに
そっと夢の欠片を投げ込んだ
その欠片が落ちる音は
今も聞こえない


自由詩 声を聞かせて Copyright 灯兎 2009-12-07 23:40:41
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