サワガニ
たもつ


ありったけの小銭を持って
僕らはオークションに出かけた
実家が火事なんです
と泣きじゃくる男の人に競り勝ち
三匹のサワガニを落札した
一匹は僕が名前をつけて
一匹は彼女が名前をつけ
もう一匹は帰りの地下鉄の中で
行方を見失ってしまった
駅の係にその旨を伝え
ついでに火事のことも聞いてみたが
上司に相談してきます
と言ったきり姿を見せない
何かの間違いだったのかもしれないねえ
ということになって
以来、僕らの間で火事の話はタブーとなった
一方、二匹のサワガニはといえば
水槽においた石の陰のようなところから出てこようとしない
そんなに好きならば、と
陰のようなところを増やしてやると
サワガニはこっちの意図を見透かしているように
冷ややかな目で見るものだから
何だか気まずい雰囲気になって
やがてサワガニの話もタブーになった
それからしばらくして
見つかったとの連絡があり駅の係に行くと
サワガニはきれいに干からびていた
その頃には
他の二匹もとうに生きてなかった






自由詩 サワガニ Copyright たもつ 2004-09-18 23:42:53
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