立つ勢いの豚
カンチェルスキス




製本工場に着くと
まず掲示板の自分の名札を見た。
忙しい時期は学生のバイトのやつらが
掲示板の前に群がった。
若い女の声と声。


キムラって誰。話したこともないよ。
どうしよう、暗いやつだったら。


ラインごとに分けられた。
おれはいつも第九ラインに自分の名札を見つけた。
そして他のラインには若い女もいたが
こっちは違った。

ワキガのきつい男だった。
いつも赤と黒のチェックの粗い生地の長袖シャツを着ていた。
若いのに白髪まじりの長髪で、歯に食べ物の黄色いカスが目立つやつだった。


ベルトコンベアから流れてくる
奥さま向けのファッションカタログの束をパレットに積み上げていく。
何度も何度もやった。
男のワキガがすれ違いざまにきた。
おれはそこで息を止め、後になると何もしなくなった。


あのさ、今度選挙あるだろ。
どの党に入れるか決めてる?
まだだったらさ、公明党に入れてくんない?
いや、とりあえず比例はさ。市長選は相乗りだから。
自分とこの選挙区は弱いんだよ。もっと伸びるといいんだけどさ。
ぜひ、考えてよ。
貴重な一票をさ、オレたちの未来の幸福のために。


休憩時間の食堂の一角は
バイトのやつらで華やいだ。
男も女も最初から友達みたいに
自分の電話番号を交換しあっていた。


A定食。おれはA定食を食った。
薄いトンカツ、くたびれたキャベツの千切り。
笑い声は遠く、おれは食後に濃いコーヒーを黙って飲んだ。


忙しい時期が終わると
バイトのやつらは消え去った。


来年もあるんでしょ、ここのバイト。
ちょっとしんどいけど、みんなと会えたからよかったよ。
来年もやろうよ。またここで会って。
楽しかったよ、ね、また会おう。


新しいやつが第九ラインに配属された。
なぜかいつも帽子をかぶってる
ヒップホップ調の男だった。
ワキガの男と最初に組まされた。
次におれと組んで
クソ重いカタログの束をパレットに積み上げていった。


あの人、ワキひどく臭うでしょ。
こう、すれ違っただけで、もわーっときますよね。
自分で気づかないのかなぁ。


そうかもしれないですね。おれは答えた。


そいつは顔をしかめて、向こうにいった。
胃病のせいで
おれは口臭がひどかった。
それからそいつが話しかけてくることは
一度もなかった。






自由詩 立つ勢いの豚 Copyright カンチェルスキス 2009-11-19 17:35:18
notebook Home 戻る