抽象画
千月 話子

絹の目に風が通るような
さらさら と暖かい日差しが
空から降って来る度に
少しずつ体が 溶けていくようです

束ねた髪を解いて 窓辺で
流れる光と花の香り
白い手をかざして 空
高く高く掴んでも
もう あまり怖くありません


遠く旅したあの時間は 懐かしいデジャヴ
優しさに涙溢れる細い路地
奥まった公園の緑と土の匂い
少し高台のそこは 木陰に隠れて
柔らかな息をしているようです

見上げれば「おかえりなさい」と
揺れる木々の間に 青い空
眠るように目を閉じて
透ける微風を感じています

小さな階段を下りれば あの頃の体に
纏わり付くように持って帰った
金木犀の 甘い香りが
鼻の上から ふわふわ 
また 流れてくるかもしれないと
低木に咲く小さな花々を 
探しています


ここに来ることを知らせた私
 ここに今居ることを知らないあなた

長い坂道のずっと上を見ていた私
 長い坂道の上から自転車で降りてきた 誰か

私と 風と 誰か

横に重なって 惹かれるように振り向くと
流れる髪と 白いシャツに
忘れられない後姿を見つけ
今でも運命の輪は どこかで
繋がっているのだと
信じているのです


そこで出会ったことを知らせた私
 いつも笑っていた あなた


本当のことは風にかき消されて
口の端から 零れていきます

あの頃の あの時間を 誰も知らない
私と あなたであろう人の
二人だけの 抽象風景


今頃あの場所は
季節の境目を縫うように
こちらに向かって
静かに やって来るのです


自由詩 抽象画 Copyright 千月 話子 2004-09-18 16:08:00縦
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