赤い月  (全)
……とある蛙

  一

筆を持つ腕の無い僕は
口で絵筆をくわえ
カンバスに向かって
朱色を引いた

引いた朱色赤は次第に濃くなり
カンバスの中央で丸くなった
カンバスの下には申し訳無さそうな
地平線があり
空を無理やり作ろうとしていた。

僕は口でくわえた絵筆で
楽しげな駝鳥の青い顔を描いた
彼は地平線と反対方向を顔を向けている
そう、
駝鳥は僕の方を向いているのだ。

駝鳥は僕に語りかける。
うまくやっているか。
ばれないように演技しているか。
他人(ひと)を褒めているか。
他人(ひと)の戯れ言に付き合っているか。
他人(ひと)に羨望しているような顔をしているか。
必要以上に他人(ひと)と話さないようにしているか。
さえない面構えを他人(ひと)に見せているか。
目立たないようにためこんでいるか。

僕は絵筆を口に咥えたままにやっと笑った。

  二

奇妙な絵だった。

空には赤い月
青いグラディエーションの夜空に星はない。
地平線は白く
大きな駱駝が1頭
太い大きな足は象のようだ。
蹄はなく
指が三本
駱駝の顔は大きい。

近づくと遠近感が微妙に狂ってくる。

顔のでかい駱駝は
ゆっくり歩いているようでありながら
実は人を食らっている。
駱駝の暗い情動と視点が
夜空のグラディエーションに
朱色の帯を入れている。

濁った朱色の帯
砂漠の端に生き残った子供が
胡乱な眼で
夜空を見上げている。

僕はこの絵を見ているうちに
子供と一緒に夜空を見上げていた。
そして、
二人して赤い月に吸い込まれていった。

絵を見ていたはずの僕は
今、裏側から子供と一緒に
自分の部屋を眺めている。

  三

部屋の壁には
一枚の抽象画が掛っている。
赤い月の砂漠だ。
床にはたくさんの具象画と一緒に
楽器が散乱している。

クラリネットは妙にリード部分が膨らんで、
水パイプの吸い口のようだ。
サックスフォーンは二重にネジ曲っていて、
フルートのように持たなければ吹けない。

トランペットにはあいつの頭が付いていて
気が向くと起床ラッパを吹きだして騒々しい。
ホルンは美しい牛追い歌を歌っている。
ただ、直線的なフォルムしかもっていないので
ラッパ部分が部屋の外だ。

たくさんの音が溢れているのだが、
音は具象化され、映像となって、
モビールのように部屋を漂っていて
空気はほとんど静止している。

いろいろ問題はあるが静かだ。

  四

ふたたび絵描き

絵筆を持つ腕の無い僕は
絵筆を口に咥えて絵を描いていたが
描き上がった絵を見て呆然としている。

絵は風景画のはずだったのだが
絵の中心には歪んだ顔をした子供が
苦しそうに僕を睨んでいる。

間違いなくその顔を僕は知っているのだが
いつ会ったのか、どこで会ったのか思い出せない。
名前は ま さ ……

背景の空は群青色の
不思議なグラディエーションで
しかも赤い月を中心に渦巻いている。

「君は誰だったか」
暗転して僕は
中空に赤い月の
ボーッと輝く
砂漠の中にいた。

僕の名は
ま さ ……
薄れて行く意識の中で
自分の名を思い起こす。

咥えていた絵筆は
人にメタフォルモーゼして

足には蹄では無く三本指、背中には二瘤
僕は絵の中で
自分を食らおうとしていた。


自由詩 赤い月  (全) Copyright ……とある蛙 2009-11-13 15:12:57縦
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