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夏嶋 真子

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部屋の明かりを消しても
真っ暗にはならないんだね。
夜たちからは、もうとっくに
ほんとうの夜なんて
消え去ってしまったみたい。

街灯の光がカーテンを透かし
うっすらとしたわたし、の
昨日の影が伸びる。
つけっぱなしの世界に散乱した光が
キとラの音で傷つきやすい夜を削っていく。



テレビの電源を消したら
そこに映っていたものたちは
どこに消えるの?
はじめからありもしないものたちの
おわり。を儚んで泣いた。

「きっと、誰かの世界にうまれるのよ。
待っていてくれる誰かのところへ消える、の。」
 
まるで母親みたいに
嘘のような言葉を
本当のようにつぶやく、
初潮を迎えたばかりの十一歳のわたしがくれたキスは
ほんとうの夜の味がするから
悲しみを手放したばかりのわたしは
うまれなかった子たちのやわらかな死に
愛されるように、眠る。



眠るわたしの意識の淵で
ルナと名づけた子猫が
あたたかな前足を交互に動かし
わたしの冷え切った子宮を押し続け
肌を吸いながら喉をならす。
母猫の乳房からミルクを吸うそのリズムが
わたしを母性に還す。
波の音で囁く。



(愛している、の。)

ねぇ、ルナ。
ただそのことだけが、
世界中の空気をゆすっているね。
体中の母たちが
空っぽになってしまった子宮に満ちて震えているね。
うみたいと願ったあの日から
わたしたちは、この星のママです。
くりかえしくりかえしくりかえす、
呼吸や心音、そして涙。と同じ数だけの愛。
ほら、救いきれずこぼれていくね。

けれど、ルナ。
いつかほんとうの夜が訪れて
この世界のスイッチを切ってくれる。
ほんとうの愛をくりかえせば
ほんとうの夜は限りなくやさしいの、でしょ?

だから、ルナ。
明日が幾度、愛をくりかえしても
安心していい、よ。

(愛している、の。 
 愛している、の。)



ほんとうの夜
月はもう



青いのかしら。








自由詩 off Copyright 夏嶋 真子 2009-11-02 16:28:00
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