「冬の肌」(2/3)
月乃助

 
 重も、その娘に手を差し出すと、つとその手を握り締めて暗い廊下を、何人もの男をそうしてきたような慣れたいざない方で部屋へと連れていかれる。
 そんな時、言葉など必要ないのが、いまだに英語もままならない重にはやはり有りがたかった。
 歳は十五か六。重よりも随分若い。日本の娘も売られたらそんな年で男達の相手をするのは、重も生まれた国の村で見てきた。売られた村の娘の半分ほどは、年季が明けると村に戻ってきたが、後の半分は行方もしれず帰ってくることはなかった。
 その娘の小さな手に、重は故郷の森の谷間で村娘に手を引かれる思いがした。
 部屋は、ベッドと飾り気のないドレッサーが一つだけの町同様に質素なもの。剥げた引き出しが半分ほど飛び出したドレッサーの上の、蝋燭がぼんやりと薄い影を投げ二人を迎えていた。窓の外には、月の明かりが港へ続く川か細長い入り江か、大きく蛇の腹のように曲がって見えた。
 娘は何も言わずに胸のホックを外して白いレースの縁取りの、くたびれたドレスを脱ぎ始める。
 若い娘の背を向けドレスを脱ぐ仕草に、すぐに若さの溢れる体がその下に現れた時には、重も少しばかり性急なほどカッと欲情を湧き上がらせた。男心を引き付けるそんな天性があるのか、野趣な娘の若い体からそれが溢れ出てくるようだった。
 海の上では、決して見ることも触ることもできない女の肌が、すぐ目の前にわずかばかりの金と引き換えに差し出される。
 痩せた体は、村の八潮の若木を思わせるすっと立ったもので、腰の華奢な感じが少女のそれを残している。形の良い乳房はその柔らかさを見せ、うすい桜色の乳首も重を誘っているようだった。
 白人の娼婦のような白すぎる肌と違う、故郷の村娘のような畑仕事の陽にさらされた亜麻色の肌が、ドレスの下から姿を見せるとただ、少しの間、呆けたようにその娘の肌が燭光をはじくのを見つめていた。
 リボンを解いた堅い縮れた長い黒髪は、重の目にしたこともないもの。それは、重にこの北の異国の港にやってきているのを嫌でも教える。
(つづく)


散文(批評随筆小説等) 「冬の肌」(2/3) Copyright 月乃助 2009-11-02 03:48:04
notebook Home 戻る