「冬の肌」(1/3)
月乃助

 北の海は凍てつく潮風がのし掛かるような厳しい冬空の下にあった。
 北上してきてやっと大洋から入り組んだ細い海峡へ、そして最後に港のある入り江に辿り着いた帆船はどれも内陸からの荷が町まで届いておらず、沖合いにただ錨を落とし所在なげに裸のマストを寒そうに曇り空に突き出していた。
 船乗り達はそれでもいつものことと、久し振りの陸の、人の住む街を少しばかり長く楽しめるとさほど大きくもない港町の、普段なら材木の切り出しに汗を流す男たち相手の酒場や一軒しかない娼家へと意気洋々に繰り出していった。
 白人の女など数えるほどの西の果ての町は、こんな時には近くのネイティブの村からきまって娘や女房達が借り出されてきて、西洋風のドレスを不器用に着こなしては男達を迎え相手をするのが常だった。女のほとんどは英語さえもままならない、そんな者たちなのに、男達はそんなことなど気にもせず愉快に女達を相手に喉を焼く自家製という振れ込みのウィスキーをたらふく飲み、肌の色の違う女達を抱いていった。
 女達の方も白人の男に抱かれることなど自分の連れ合いや村の男を相手にするほどにしか考えておらず、自分が娼婦などと微塵も思っていなのは、彼女らの輝くような目の、その光が失われずにいるのでも分かる。
 自分達の働きで幾ばくかの金がもたらす品物と村の者達の歓びを自負する心だけが、女達の胸を満たしていた。娼婦のすることなど、秋にあがってくるサーモンの内蔵を取り出し燻製にするほどの手間仕事らしかった。
 娼家は少しばかりの店が立ち並らび街らしきものを作っている端、木道になった道の突き当たりに普通の家と変わらぬ姿だった。
 窓からの明かりが、そこだけ冬の夜の雪が残る道に寒そうに張り付いていた。
 男達が酔った足で扉をあければ、暖炉の明かりとむっとする温かさがあふれるように流れ出る。
 しげは娼婦達のいる広間に足を踏み入れた時、壁にもたれるようにしている娘にすぐ目をひかれた。それは、痩せたその娘が日本の娘がしていたような桃割れに似たそんな髪の束ね方をしていたからに違いない。
 不思議と値踏みされる女達の男の目を意識する息遣いのようなものが溢れる中、その娘一人、その場に似合わぬ無関心な冷たい雰囲気を漂わせていて、それが却って重の気を引いたからかもしれない。若い重は、他の酔った男達にその娘が取られはしないかと、少し心を騒がせたが、どの男達も肉付きの良いそんな女達を求めるのか、豊かな胸の女を選んでは手を引かれるように部屋に消えていった。
(つづく)


散文(批評随筆小説等) 「冬の肌」(1/3) Copyright 月乃助 2009-11-01 00:32:25
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