距離
アンテ


                  「メリーゴーラウンド」 7

  距離

星には決して手がとどかないって
知ったのはいつだっただろう
夜空のした
はじめて自分で立って見あげたあの時
ぼくはすでに知っていた
夜空の星はみんな
ぎらぎら燃える太陽なんだって
記憶はぜんぶなくしたはずなのに
それだけは
なぜか鮮明に覚えている

本館2階の売店のドアをあけて
一歩を踏み出したのは
ぼくが先
でも 先に気がついたのは
彼女だった
廊下がどこにもない
広々とした草野原が鎮座ましましていて
大量に空気に溶け込んだ
草のにおいが
ひとかたまりになって
風に揺れている
白やピンクの花が
なんて

懐かしい

振り仰いだ空に
太陽がマグネットみたいに貼り付いている
夜になったら星がきれいだろう
って思いかけて
太陽も星だと訂正
振り返ると
彼女はまだぽかんと口を開けたままで
その背後にあったはずの
ドアがどこにも見あたらない

世界がずいぶん広いって
知ったのはいつだっただろう
きっと
星に手が届かないことよりも
ずっとあとに知ったにちがいない
だからあの時
太陽や星を捕まえられないのは
ぼくがまだ子供で
柄の長い虫取り網を持つだけの力がないせいだと
自分をなぐさめたんだ

心配そうな彼女に
でもまあそのうちなんとかなるんじゃない
と言ってから
心配なのがぼくの調子だって
気がついた

なんだろう
不思議な気分がする
そう あの時
星を見上げたときのように

アイス 溶けちゃうね
彼女は笑って
ぼくの手をとって歩き出す
花をできるだけ踏まないよう
あいだを縫って
蛇行して
進んでいるのか
ぐるぐる回っているだけなのか
わからないけれど
ぼくも彼女もなにも言わなかった
ひらけた場所があったので
ならんで座って
彼女が先に半分
それからぼくが半分
アイスクリームはとても冷たくて
それはこんな原っぱでは絶対に起こらない冷たさで
でも こんな花畑だって
不自然にはちがいなくて

夜空の星を見上げるとき
立ち上がった方が近く感じるのは
なぜだろう
知らないふりをしている方が楽
だからかもしれない

アイスクリームのバーで
土をほじくり返してみる
思ったよりもやわらかくて
途中で彼女も参戦して
手で土をかき出すうち
固いものに行き着く
岩にしては平らすぎて
面積を広げていくうち
ようやく正体が判明する

聞こえないはずの
彼女の笑い声が
本当に楽しそうに
原っぱを転がっていく
ぼくも声を出せればいいのに
って思ったのは
久しぶりだ

地面のなかから現れたドアは
土に半分埋まって
しっとりと濡れている
手をのばせば届く距離が
こんなに確かだなんて
知らなかった

彼女は知っていただろうか


                 連詩「メリーゴーラウンド」 7





自由詩 距離 Copyright アンテ 2004-09-15 23:31:46
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メリーゴーラウンド