背中には向日葵
木屋 亞万

ただ声を聞きたいだけで
低い唸りが響く胸のトンネルに耳を押し当てたくて
私も彼も裸になったのだと思う
何かしゃべって、と言うと
何をしゃべればいい、なんて聞くから
何だっていいよ、と答えるしかなかった

耳のすぐ近くで異性の声がするというだけで
何だかとても安心できる夜がある
肌が触れ合う温もりよりも
脈が押し上げる微弱な圧迫感よりも
口という穴以外から響いてくる声が
私の名を呼べば、それだけで
ずぼりと肋骨の隙間に埋もれてしまう

この声はどこから来ているの?
追いかける
青いドレスを着た金髪の少女が
懐中時計を持ったウサギを追いかけたように
声が流れてくるのに逆らって
追いかける、
鮭が傷つきながら上流を目指すように
声の源流に卵を産み付けてやる
だって私メスだもん、

花の名前でも言っていこうか、というので
血肉の花と白骨の茎に埋もれながら
発音されない撥音で、うん、と答えた
胡蝶蘭
私は食道を抜けていく
茶道華道剣道柔道食道
彼に食べられるために女を磨く
道を究めれば凡人には馬鹿にされるのだ
山茶花
肺を横目に消化器を抜け出し
腹筋の山脈を越えていく
もっと険しい山でいいのに
なだらかな丘陵が二つ三つ
もう声の幅はだいぶと細くなった
腰骨の方へ糸のような筋になって消えていく
背中を探ると
湿った繊維と大きな瘡蓋があって
この怪我どうしたの?と聞くと
向日葵と彼は答えた
私の指先は確かに感じ取っている
彼の背中に住みついた大きな向日葵の花

向日葵の花言葉、知ってる?
何?
わたしはあなただけを見つめる


自由詩 背中には向日葵 Copyright 木屋 亞万 2009-10-21 01:37:20
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