アルバイターと海
吉田ぐんじょう


職場で必ず着用するエプロンには
大きなポッケットが付いています
わたしはその中に
いろいろなものを放り込むのが癖です
ポッケットが膨らんでいないと
落ち着かないのです
膨らんでいて少し重いと安心です
職場では時々
所在なくて浮いてしまうときがあるので
これらは重しの役割をしているんだと思います

暇な時間帯には
ポッケットの中のものを出して
ひとつひとつ並べてみたりします

消毒薬
ばんそうこう
安全ピン
ボールペン
カッター
ヘアゴム
接着剤
磁石

それと少々の砂

砂なんてどこで拾ってきたのかわかりませんが
それはとてもさらさらした白い砂で
ことによると
いつかの雨の日に
海のことを考えながら
仕事をしていたためかもしれません



夏と秋とがちょうど空で交差するこんな季節は
空気が妙に青味がかって見える日があります
レジに背を向けてその色を眺めていると
お客さんが来たので
いらっしゃいませ
と振り返りました

お客さんは大きな海老でした
白目のない眼でじっとこちらを見ています

季節の変わり目には
きっとあらゆる境目がなくなってしまうのでしょう
海老のお客さんはどこから持ってきたのか
月刊海老
というみたこともない雑誌を買って
袋いらないです
といい声で言ってから出てゆきました
あとに残ったのは
びたらびたらと生臭い水ばかりです
なんだかぼんやりしてしまいます

ここは一体どこなんでしょうか



仕事を終えるころには
大抵もう真っ暗です
タイムカードをジジジと押しますが
タイムカードというのはどうしてこんなにわびしい
死にかけの虫みたいな音で
刻印されるのでしょうか

夜勤のアルバイトさんは思い詰めたような眼で
着替えをしています
石膏のようにすべすべした横顔の夜勤さんのことを
ほんの少しだけ好きです
着替える前
たまに麩菓子をかじっていたりするその歯は
退化した深海魚みたいに見えて
好きです
と言ってしまわないうちに
裏口から素早く職場を出ます

職場から家までは歩いて十五分ほどですので
夜空を見ながら歩いて帰ります
真っ黒でだたっ広い夜空は
いつか夜の海へ泳ぎだしていって
それきりもう帰ってこなかった
子供たちや大人たちのことを彷彿とさせます

街灯の下に落ちる影は夏よりいくぶん濃くなって
ひたひたと揺らぎながら
意志とは関係なく
離れていってしまいそうに見えて

煙草をくわえて
でも火をつけるのはためらいました
橙の光に
かたちのないものたちが
集まってきそうな気がしたからです

じき家へつきます




自由詩 アルバイターと海 Copyright 吉田ぐんじょう 2009-09-10 03:42:39
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