創書日和【海】アルモー海
大村 浩一

アルモー海はその人のそばに
夕暮れから夜にかけて忽然と現れる
長辺 9.4km 短辺 5.7km 最大水深 5.5km
全周は高い崖に囲まれ
その海が突然 彼の玄関先に現れる


水温は高く そのためか
湯気がかすかに立つ
水面は満月にもかすかにも揺れない
船は1隻も通わず
代わりに巨神が突然現れる
巨大な逸物が雲間に垣間見え
滝のように水が降ってくる
次には巨大な女神が立つ
巨大な陰唇が雲間に垣間見え
次にはまた滝のように水が降る
水と泡が狂ったように空と海と岸辺を洗い
突然全てが消え失せ 辺りは鎮まり返る
隣家では眠れぬ犬がずっと鳴いている


次の夜もアルモー海は
夜半にかけて彼の前に忽然と現れた
長辺 9.4km 短辺 5.7km 最大水深 5.5km 水温 40℃
船は1隻も通わず
巨神と女神が突然現れ
巨大な逸物と陰唇が垣間見え
水と泡が狂ったように空から全てを洗い
突然またも消え失せ 辺りは鎮まり返る
隣家で眠れぬ犬がずっと鳴いている


アルモー海は
いつも必ず現れるとは限らない
彼が玄関を開けてずっと待っていても
夜がしらじら明けてきても
「今夜は現れなかった」ということもある
そんな時はどこか別の場所に現れて
巨神と女神が豪雨を注いでいるのかもしれない
と思えば毎日規則正しく現れることもある
その時は大抵夕暮れから夜にかけてだ


聞けば おさな児だった頃
彼だけの海があったという
とても小さいけれど 消えない海
それが裂けて消え去ったあと
アルモー海が間欠泉のように
現れては消えるようになったという


彼が亡くなると
アルモー海は現れなくなった
彼は一握りの白い砂となって
別のアルモー海の底に
深く沈んでいる


2009/8/29
大村浩一


自由詩 創書日和【海】アルモー海 Copyright 大村 浩一 2009-08-31 11:52:02
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