夏休み
あ。

あんなに耳障りだった蝉の声も
虫眼鏡で集めたみたいな痛い陽射しも
まるで色あせ始めた遠い物語


なだらかな坂道を自転車でおりると
向かい風がほんのわずかの後れ毛を揺らす
時折小石が顔を見せている素朴な道は
タイヤが通るたびにわたしのお尻を持ち上げる


踏切の遮断機がゆっくりと閉まっていき
坂道でついた勢いはブレーキで止められてしまう
滅多に閉まることがない代わりに
一旦閉まるとなかなか開かないこの踏切は
別段せっかちではないわたしも待ちくたびれる


やっと開いた踏切を越えて橋を渡る
川から吹いてくる強い風がわたしを迎え
さっきより増えた後れ毛を思い出したように揺らす


まだ冷房がきいているスーパーマーケットで
昨夜切れてしまった醤油をかごに入れる
ついでに濃い紫がつやつやとした種無し葡萄も


重くなったペダルをこいで橋を渡り
今度は引っかからなかった踏切を越える
帰り道はのぼり坂に変わり
さらにペダルは重くなる
よいしょだなんて老けた独り言を呟き
ふうふうと坂をのぼりきる


振り返れば溶けてしまいそうな橙の夕焼け
気の早い鈴虫の声がどこかから聞こえてくる
額にうっすらと浮いた汗だけが
夏の残したひとしずくの忘れ物のようで


もう夏休みは終わったのだと知った


自由詩 夏休み Copyright あ。 2009-08-26 12:47:06
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