真新しい夏/シンメトリー
aidanico

湿っぽい、重みのあるなまぬるい手触りに/いっとう端で感知する体温は暖かい惑星を溢した、柔らかな光眩しいノイズノイズノイズ轟音イカサマではなく逆さまに地面を引っ繰り返して落ちてきた/のは/希望だったのか/邂逅だったのか/懐かしい香りがしたアブサンの強いかおりだったかも知れないずっと女になりたかったのかもしれない/或いは賢くて逞しい青年に/生まれ変わりたいというその願望こそが/いかにも獣らしく/いかにも性的でない/そんなだれの審美もいらないはなし


アブサンでも呑んでゆくとよい。中々よい心持だよ、これは。目の前に差し出されたグラスと強烈な匂いにもう既に酔っていた。窓枠が湾曲して見える。喧騒がどんどん大きくなってひび割れたレコードになる。同時進行で優雅なワルツが流れている。ピアノトリオで相当の演者の様子だ。何にも知らない世界に行くのならばいっそと思いそばにあった錠剤と葉巻をかき込みグラスを奪い取って一気に飲み干した。正確に言うと飲む途中でグラスは右手から投げ出されていた。しかしながら、如何も迷い込んでしまったらしい。ここはトリップした原色世界でもなく、悪夢の中でもなく、朝焼けの瞬間だった。わたしは大よその悪事の限りを尽くしたつもりであったのに、それでも太陽は地平からしろい夜を染めてゆくのだ。何故こんな情景に出くわしたのだろう。写真でも話でも聞いた事のない風景に、私は泣いてしまっていた。あらん限りの力を込めて嗚咽したのだ。太陽と地平は滲んで交ざり合った。目を開けると知らない部屋の便所の床に寝転がっていた。とても静かだった。太陽はすっかり昇っていて、便所の隙間に光が差し込んでいた。これを辿ってゆくと、ドア以外の何かが見えるような気がして、期待を秘めながらノブを廻す。


きぼうのいろはなにいろ?ときかれて、ぜつぼうのいろはなにいろだとおもう?と尋ねられた心地がした。どちらも言葉の響き自体に重みはなく、とても軽いもので、やわく、簡単に押しつぶされてしまいそうな言葉だった。返事を求めている風でもなく、わたしは大きな肘掛を提供された心持になった。このまま浅い眠りに付いてもいいような遣り取りだった。きぼうのいろもぜつぼうのいろも案外そんなものかも知れない。電子機器では殆んど写し取ることができないような階調の、ペールでもパステルでもない一瞬の表現でしか現すことのできない色だろう。強いて言うならば、褪色の度合いが前者はとても短く、後者はいつまでたっても拭い去ることの出来ない沁みの様なものだろう。どんな心象風景も言葉にしてしまえば陳腐なのかもしれないけれど、答えないこともまた野暮である。かんがえるこのじかんにいみがあるのだよ、と、答えも待たないままに口火を切られるのを、ほんとうは今この瞬間もまっている。



自由詩 真新しい夏/シンメトリー Copyright aidanico 2009-08-18 20:40:15
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