京さん −荒川通り3丁目ー
リーフレイン

京さんは今年七十四だ。
京さんのおとっつあんとおかっさんはほんとの親じゃあなかった。
京さんが産まれる前の話、おとっつあんとおかっさんに女の子が生まれたそうだ。おとっつあんは大喜びで汽車乗って、いそいで東京まで雛人形を買いに行ったそうだ。帰ってきたら、赤んぼうは死んどった。最初の子だしするしで、ふたありとも、悲しんだことは悲しんだんだけんど、次があるさとも思ったそうだ。二年経って、今度は男の子。おとっつあんはほんまに飛び上がって喜んで、やっぱし汽車乗って東京へ鯉のぼりを買いに行った。かえってきたらやっぱし死んどった。ほんでもって産婆さんに、もう子供は作っちゃあなんねえと引導も渡された。母体がもたんそうだった。
ふたありとも身も世もないと悲しんで泣き暮らしていたところ、おとっつあんのあにさんが、「わしゃがんとこはもう子供もたんといるし、次がまたおなごやったらおんしんとこにやろう」と言うた。「あにさん、ありがとうございます。おらあ大事にするでよお。蝶よ花よって育てるよお。でもって三国一の婿さんもろってこのうち継いでもらうよお。ああ、ありがたやありがたや。ああ、ありがたや」と涙をながしてあにさんの手をにぎり、よろこんだ。
次の年、あにさんとこに女の子が生まれた。四人目の女の子で色白で髪も黒くてかあいらしい赤んぼだった。お七夜のお祝いの夜、あにさんはおとっつあんをちょっとはばかるような顔でみてた。「こないだの話だけんど、ちょっと考えさせてくれんかの? まだお七夜じゃあけん」っと切り出した。「そりゃあ話がちごうとりゃせんか、おらんとこにくれるってことじゃあ」 「まだお七夜じゃけんのう、こないにちっさいのはのう、乳もはっとるしするしのう」 おとっつあんは黙って引き下がったけんど、こっそり隙を見て赤んぼを抱きかかえ、3輪バス乗り継いで家に帰ってきてしまった。この赤んぼが京さんだ。
京さんに、蝶よ花よと育てられた? と聞いてみると、どうも時代のめぐりあわせが悪かってそうはいかなんだよ と笑ってた。


自由詩 京さん −荒川通り3丁目ー Copyright リーフレイン 2009-08-13 03:57:40縦
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