足音
小原あき

ある人の足音が
突然聞こえなくなりました
スリッパの
ぱたぱた、という
少し孤独な



それからというもの
わたしは
主のいなくなった
スリッパを
齧っては吐き出し
齧っては吐き出し
涙目になっています


それを見た人たちは
良い嫁だと
思っているみたいです


スリッパの味は
なんだか汗臭くて
加齢臭がひどいです
一度飲み込んでみたのですが
消化不良で
やっぱり戻してしまいました


ずっと腫れぼったい目で
お焼香に来られた方々の
相手をしていますと
なんだか滲んで
まだ夢の中にいるような気になります


寝不足だからでしょうか


スリッパは
だいぶぼろぼろになっています
ところどころ
わたしの歯型がついていて
それに混じって
愛犬の歯型もついています
わたしより
幾分少ないですが


それを見ると
もうこのスリッパは
スリッパとしては
機能を果たさないだろうと思います


でも、
夜中に
ぱたぱた、という
少し孤独な

がするのです


慌てて廊下に出ますと
影が見えます


だけど、
電気を点けますと
なんにも
いません


そうなると
スリッパ齧りの衝動が
抑えられなくなります


齧っては吐き出し
齧っては吐き出し
涙目になります


そして、また
お焼香に来られた方々の
夢を見るのです


愛犬が
スリッパを一心不乱に齧ります
何か
悲しい思いでも
あったのでしょう


涙目です


それを見て
わたしは
良い犬だと思うのです


うつろな目で
こちらを見上げます


そっと抱きしめてやりますと
じんわりと
鼓動が伝わるのです


ぱたぱた、という
少し孤独な















自由詩 足音 Copyright 小原あき 2009-08-07 22:30:05
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