静かな人へ、
e.mei



 光がきみから離れていった夜のはなしをしよう。


「それは煙が濃くなり壁となった夜、
                彼女が川にやってきたあの日のこと。
         (――あれは少女の涙だったのかもしれない。……)
 冬が終わればおしまい。
 降る雪でひかりが見えなくなってしまえばいい。 
                       (私は雪が見たい、)
 飛んでいくものばかりだから僕も何処か、
                 忘れられる夜には、
                        小さな魚を渡そう。
 流れる永遠、
      ぼくはあたらしいせかいのひかりなのだ。
 そこは彼のいないせかい、
            それでもよかった?……」

 夜明け前、
     光は飛ぶものだから空が怒るのですと、
                 彼女は橋の上で光を裂きはじめる。
 落ちてゆく光の音を橋は避け、
              だれもかわりにはならない。
              だれもかわれるはずもない。
             (――どうして、 
                   なんて、
                     わかっているくせに――)


 指で星と星とを繋げたあと、
             僕は風の強い日の独立を禁止した。
 いつかと同じ、
      夜中に光は事故となってかえってくるのだから、
                        後は飛び散るだけ。
  腐っている誰かの右手に着地するための、
                    ひかりになる。


 僕は「悲しい。」と呟いた。


                      何時だってそうだろう。
 それが同時であろうと、
         掬われるのが左手になるだけで、
                      何もかわりはしない光。
           泳いでいる魚たちを燃やすのは、
                         太陽。
                きみの目指すものは、
                         永遠の海。
 誰かの歓喜を背に、
         僕は亡霊から死の囁きを――
 橋のしたには灰色の波紋が描かれて、
                 神様は一枚、
                      また一枚と、
                          捲られる。
                              風が、
 
 
 僕を、
 ふきつけた。

 
 消え失せるものを追いかけない自分の愚かさが、憎い。
 夜明けを待ち震えるきみは、太陽を知っているのだろうか。


                        (餓えている。)                                 (――何に?)


 ……寒い日に――
        誰もが秋の日を忘れ――
                  明けた朝のことを夢見ている。
         夜明けだけは等しい――
    なんて――
 幻想を、

   
                    繰り返し眠りにつく――
              沈んでは浮かぶ――
 終わらない夜に光は君から離れて――


「かれは秋が苦手と言います。
 彼女は冬が苦手、
      ついこのあいだまでは目の前で魚が泳いでいたのですが、
 かれは神様をお見かけしたことはない。
              お見かけしたことはないと言います。」
 ――ぼくたちは考える。
           ――永遠についての、
                    ――ひとつ、ふたつを。
「太陽が忘れていくものがあります。
 月が置いていくものがあります。
 それは、
    何ですか?」
(彼女のからだには、
         神様の血が流れる、
                (神様、)
                    朱の、)
「――たとえば、
      彼女の名は消えてゆくものです。
                  それは落ちるものではない。
 かれの名は其処にはありません、
               落ちるものなのです、
                        それは――」
「――ひかりの子、
      それは神様の意志、
           そう聞くたびにぼくは毒を飲むことになる。
 神さま、
 神さま、
    彼女の星をぼくの手に、
    静かな夜に開いた扉で白い亡霊たちが、
    ぼくより空へと飛び立って行くのです。
                   (浮遊するすべての魚が、
                真夜中へと歩いていくのを見た。                               きみには光はない。
                            意志、
                        ――誰の……、
                          ――ああ、
                     その光を飲み干して、
                       ぼくはあなたに、
           拒まれることを期待しているのです……)」


(かれは朝を待たず、
 さかなたちを溺れさせようとしたことがあります。
 少女はさかなにいくつか歌を教えていたのですが、
 彼女らは、
 その歌をかれに教えようとしませんでした。)
                    「少女が目覚めたとき、
                  隣に眠るのがさかなでなく、
                      ぼくだとすれば、」


 彼はそう言っていましたね。


(しかし、
   そうするとかれの精神は、
          さかなより深く、
              眠ることになってしまうのですが、)
 

 ――かれがどれほど少女を望もうと
   かれはいつか橋から離れてゆくものです。
   離れたものに少女は訪れてはくれません。
   それはぼくにも言える事、
   また、かれもそれを知っているでしょう。
   神様の一秒、
   ぼくたちの頭上ではさかなたちが自由を求めて泳いでいます。
   その時は少しでも、
   彼女はぼくたちに祈りを捧げてくれるでしょうか?――


「きみは捕まえたはずの彼女の指から転げ落ち、
 沈めたさかなに見られながら落ちていくことになると
 わかっていながら、」


                    (孤独の魚が僕を追う。
                    僕は少女を追いかける。
                (誰もが長いあいだに流されて。
              ぼくはいくつもの夜を少女とふたり、
                    ひとつの夜が終われば、
                            また、
                         新しい夜が、                                  繰り返し、                                   繰り返し、)
(枯れゆく緑を川へと流せば、
        魚が孤独を食べてしまう。
                それはいつかの終末のかたち。)            (僕は指先を垂らして。……)
        ――永遠、
              永遠、
                  永遠が、
                       わからない――


(探した星の名前も、
 古い夜の名前も忘れてしまい、
 ただ川の流れる音だけが頭のなかに渦巻いて、
 誰かの絶望が太陽の沈む方向へと消えてゆく。)


 果てのない、闇のなかに。


                   ――僕は忘れてしまった。
                      ――きみの名前を、
                       ――僕の名前を。
                     ――哀れだろう?……
                      ――哀れなものは、


 すべてにかえる、


                      (教えてほしい。)
          (白い霧に隠れて逃げていくきみの速度を、)
 流れてゆく水は何処にゆくのだろう?
 色のない水に泳ぐ魚は孤独だという。
 渡された孤独を僕は少しだけ舐めたあと、
 七日降り続いた雨が忘れられる頃にまた、
 不機嫌な少女の顔を見上げ、
 僕は結ばれた星と星とを永遠と呼んでやった。
                    (この永遠の姿、……)
 昨日沈んでしまった太陽を誰も知らない。
 遠くのやさしい少女のまぼろしをみて、
 星の海へと飛んでいってしまったあの魚を、
 消えていった波を追いかけていた太陽のことも、
 すべて、
 忘れてしまっていた――


 秋の終りに降った雨は、
        少女の身体を震えさせ、
              魚はまた何処か遠くへ流れていった。
                           どうか、
             春になるまでには救われないものかと、
                            僕は、
                       光を求めている。
 僕は、
 ひとり、
 冬の夢から逃れることもかなわずに、
 ただ深く、
 少女の眠りすらわからぬ彼は海底よりじっと少女を見つめ、
 それが二度目の眠りだということも、
 何も知らないまま、
 ただひとつ、
 失った孤独を探そうと、
 死んでいく魚たちのたましいを、
 追いかけ続けている。


自由詩 静かな人へ、 Copyright e.mei 2009-07-28 16:40:18縦
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