ドア、閉まります
吉田ぐんじょう


夜の間
やわらかく曲がりくねって
遠いお伽の国へと繋がっていたレールは
朝の光を浴びた時にはもう
冷たく固まって
駅と駅とを繋ぐ
当り前の鉄の路へと戻っている
包装紙から出したての
きゃらめるのような形の電車には
几帳面な女子たちが折り紙で
きちっと折ったような
白いワイシャツを着たひとたちが
絶望したような顔で
どこかへ運ばれてゆく

みんな完全に
起きているわけではないので
車内にいるひとたちのなかには
昨夜夢で見たのだろう
おそろしい怪物をつれているひともあるし
理想の女の子にひざまくらをしてもらって
うっとりと眼を閉じているひともある

遠くに高層ビルがかすんで見える
あのひとたちはどこへゆくのだろう
ころされにゆくのかもしれないな


あのころのわたしは
最終列車へ乗るのが好きだった
うすぐらい車内はどこかしらものがなしく
乗っているひとびとはみんなうつむいていた
窓外には街灯が
ぽたりぽたりと滲んで流れてゆく
わたしもふくめて
みんな幽霊みたいだった
それでもひとびとは
帰るべき場所へ帰ってゆく
わたしはうとうとしながら
みんなすごいんだなあ
なんて考えていた

わたしには帰る家はあったけれど
帰るべき家はなかったから

だからしばしば乗り過ごして
眼を覚ますとそこは鵠沼だった
とか
眼を覚ますとそこは江ノ島だった
なんてことはしょっちゅうであった
半ば自暴自棄になっていたのだと思う
そういうときは改札を抜けて
明るくなるまでひたすら歩いた
海のほうへ行けば
安らかに眠れる気がしたから
潮のにおいをたどっていったのだけど
江の島も鵠沼も
どんなに歩いても
なかなか海にはつかなかった


電車に乗ると窓の方を向いて
立ち膝で座る癖がある
流れてゆく窓外の景色はどうにも広大で
きっとわたしは世界のすべてを見られない侭
死んでゆくんだろうなと思う
脱ぎ捨てた靴は不揃いに散らばって
向かいに座っている高校生が
荒々しい息をしながらシンナーを吸っている

車内は静かで
みんなねむっているんだろうか
大人のひとたちが
わたしたちの起きているときはねむっていて
わたしたちのねむっているときに
起きているのはなぜなのだろうか
考えるべきことはたくさんあるのに
わたしはどんどん大人になってしまう
自分が子供だったということも
そのうちわすれてしまうんだろう
少し寒い
とっておいた冷凍ミカンをはんかちから出して
大切に食べる
長い旅になりそうだ

電車はおもちゃのようにかたかた揺れながら
青空も星空も切り裂いて
わたしたちを
まだ誰も知らない
どこか遠い場所へと運んでゆく



自由詩 ドア、閉まります Copyright 吉田ぐんじょう 2009-07-28 00:52:55縦
notebook Home 戻る