書かれた-母
非在の虹

母と父のものではない
母のものは
真昼に閉じた雨空
滑空する白色の鳥が堕ちる
その日から母と父は憎みあう者になる
母の影 が覆いつくす湿地帯
母は湿地帯に詩集を隠す
母の影 が覆いつくす湿地帯
その日から母と父は憎みあう者になる
滑空する白色の鳥が堕ちる
真昼に閉じた雨空
母のものは 
母と父のものではない

  *

母と父の寝室は別だ。
子どもは母と眠った。
深夜父の寝室から声が聞こえた。
それはおそらく
父の忍び笑いだ
と子どもは考えている。

子どもは父のベッドの下だ。
好きなおやつはそこで食べるのが習慣になっていた。
ベッドが軟化した。
「上は大水 下は大火事 なあに」
子どもがつぶやくと
ベッドは元に戻った。

湿地帯を父と母と子どもが歩いていく。
三人が一緒というだけで
子どもの気持ちは浮き立っている。
何のきっかけか、父と母は黙った。
やがて父は湿地帯の高い草の中へ消えた。
母は父を追おうとはしなかった。
まもなく子どもの目から涙が流れ出すだろう。

湿地帯に隠された母の書いた詩集。
それは母が結婚する前に書いたものだ。
ほとんどが濡れており
読むことは不可能だ。
細い水の上を書かれた言葉が
流れていく。

子どもが生まれる以前
しばしば父と母は
湿地帯の高い草の中へ入っていった。
ある日無数の白い鳥がそこから飛び立った。
その日から二人で高い草の中へ入ることはなかった。

ベッドに母の生理用品が散らばり
その中に母は座っていた。
子どもは何が起こったのかわからない。
でも何かが起こったことはわかる。
ベッドから流れるおびただしい血が川となる
しかし子どもの遊び場にはならない。

やがて子どもが眠り
母は戸口に立っていた。
その扉の向こうは湿地帯だ。

  *

母は捨てる
母は詩集を捨てて走る
母は生理用品を捨てて湿地帯を走る
母の手に子どもはいない


自由詩 書かれた-母 Copyright 非在の虹 2009-06-26 20:32:36
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