面接(13)
虹村 凌

「出たよ」
「ねぇ、あのさ」
「あん?」
「今からそっち行っていい?」
「はァ?」
「ダメ?」
 ダメだと思うが、ダメじゃない気もする。正直、会いたく無いけど、断る理由も無い。断るべきだが、断れる理由が見つからない。
「別に、ダメじゃねーけど」
「よかったぁ。実はもう結構近くまで来てんだよね」
「はぁ?!いま何処にいんだよ!」
「駅」
「お前…ダメだったらどうするつもりなんだよ!」
「直接、君ん家に行ってダメだったらそこらへんで野宿?」
「バカだろてめぇ。イカれてんのか?」
「ハァ?あンたに言われたくないし」
「るせぇっ!んじゃさっさときやがれ!」
 俺は電話を切った。実家に帰った彼女は、明日の夕方まで戻らない、と言った。ならば、多少の時間はある。一晩くらいなら、別に大丈夫だろう。何も無い。何も、しなければいい。大丈夫だ、何も無い。何もしない。彼女に操を立てるとか、そういうのじゃない。
 喉の渇きを覚え、冷蔵庫のドアを開ける。
「バカ野郎。何考えてやが」
 水だけ取り出して、バタン、と冷蔵庫の扉を閉める。俺だって自分が何考えてるのかわからない。普通であれば断るべきだ。偶然、彼女がいなくなったからって、女を部屋に上げていい事にはならない。近所のファミレスでもいい筈だ。しかし、あの女は俺の部屋の位置を知っているし、そんな緊急回避は、大した意味をなさないだろう。
 セブンスターに火をつける。
 ジ、ジリジリ、ジジ、ジリ。

 ドアが叩かれた。セブンスターを咥えたまま、ドアをあける。いつか、見た事がある顔の女が、ドアの前に立っていた。その瞬間の俺は、どんな表情をしていたのだろう?
「なに、どうしたの?…入っていい?」
「あぁ…」
 俺は彼女を招き入れると、ドアを締め、チェーンもかけた。
「チェーンするの?」
「ん?あぁ…いつもの癖なんだ。しないほうがいいな」
「いいよ、そのまんまで」
「そうか」
「ねぇ、君、誰かと住んでる?」
「あぁ」
「彼女?」
「うん、彼女と住んでる」
「へぇ…いいの?私がここにいて」
「さっき、実家に帰った。そうじゃなきゃ、家に入れねぇよ」
「ふーん。あ、煙草吸っていい?」
「かまわんよ」
 女は、鞄の中から金色のマルボロを取り出すと、100円ライターで火をつけた。
「彼女、ピース吸うんだ」
「あぁ」
「私もね、高校生の頃はピース吸ってたんだー」
「知ってるよ。何回も聞いた」
「あ、そ」
「…」
 マルボロの、独特の香りが部屋の中に広がる。
「今、なにしてんの?」
「俺?就職して働いてる」
「就職したの?!どこ?!」
「百貨店」
「どこの?今度買い物行くよー。安くしてくれたらだけど」
「言わない。別に5%くらいしか安くならんし、それだったらいらんだろ?」
「働いてるとろ見てみたいなー、とかダメ?」
「ダメだ」
「彼女いるから?」
「違ぇよ」
「彼女も同じ職場なんだ?」
「…そうだよ」
「ふぅん。彼女、可愛い?」
「素敵な子だよ」
「君の事、ちゃんと知ってるの?」
「…これから、言うつもりなんだ」
「へぇ。受け入れてくれそう?」
「わからない。でも、言わなきゃ」
 俺は窓辺に立って、セブンスターに火をつけた。女も、俺の横に立っている。しばらく、無言のまま煙草を吸い込んで、吐いて、吸い込んで、吐いて。踏み切りが鳴り始めたところで、女が煙草を窓の外に投げ捨てた。
「捨てんなよ」
「ごめん」
「で、お前、何しに来たんだ?」
「何って?」
「ここに煙草吸いに来た訳じゃねぇだろ?」
「あ、何?したい?」
「そういう事じゃねぇよ。おい、手ぇどけろ」
 女の手が股間を弄る。
「したくないの?」
「したい、とかしたくねぇ、とかそういうんじゃねぇ」
「じゃあ何?」
「何か話があって来たんじゃねぇのか?」
「別に」
「フン。なら話は早い。俺ぁ寝るぜ。てめぇもさっさと寝ちまいな」
「しないの?」
「しねぇよ」
 俺はレースのカーテンを締めて、布団にもぐりこんだ。どうも、調子が狂う。特に、彼女との会話に慣れていると、この女とは上手く会話がかみ合わない。かみ合わせたくない、と言うのも正直は話だが。
「私、どこで寝ればいい?」
「ソファでも床でも、どこでも好きなところで寝な」
「じゃあここにする」
 と言って、女は俺の布団の中にもぐりこんできた。
「おい、てめぇ何してんだよ」
「何って?あなたの為を思って、ここにしてるのよ?」
「あ?」
「ソファとか、彼女のベッドとか、そんなところにアタシの匂いついてたら、いやでしょ?」
「…」
「彼女との仲を引き裂きにきたんじゃないんだし、ここでいいと思う」
「…勝手にしやがれ」
 俺は女に背を向けて、薄い毛布をひっかぶった。
「ねぇ」
「…」
「今でも私の事、好きなの?」
「…」
「私ね、結構好きだったよ」
「過去形かよ」
「あ、起きてた」
「るせぇ。何だよ、好きだった、って」
「事実なの。結構、好きだったんだよ?」
「そうかい。そいつぁありがたい話だな」
「でね、たくさん迷惑かけちゃったから」
「だから、何?」
「させてあげようかな、って」
「上から目線?」
「してもらおうかな、って思って」
「どっちだよ」
「好きな方でいいよ」
 女の手が、背中の方から前に回ってくる。しばらくは女のさせたいようにさせてしまったが、どこか遠くの方で、何かが折れる音がした。
 俺は寝返りを打ち、女と向き合う。
「やっとこっち向いた」
「…バカヤロウ。今でも…」
「今でも?」
「…」
 俺は貪るように口付けると、後は、溶けた絵の具みたいに滲んで一色になってしまうだけだった。頭の中がガンガンしている。色々と脳内で警報機みたいなのが鳴っている。自分が何をしているのかよくわならない、と言うのが最大限、客観的に自分を見た結果だ。とにかく、俺は彼女を犯した事実だけは曲げられない。何かがたまっていた訳でも、なんでもない。彼女の腹部に飛び散った俺を自分でふき取りながら、ようやく世界の配色が元通りになるような感覚に陥った。
「危ないなぁ、もう」
「…」
「さすがに最後はゴムつけると思ったけど」
「ごめん…」
 俺はウェットティッシュを渡すと、立ち上がって煙草に火をつけた。


散文(批評随筆小説等) 面接(13) Copyright 虹村 凌 2009-06-19 22:59:15
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