天根の辻
田代深子



天根の辻で水をもらう
日の暮れるには早い刻で
このまま休みたくもあり
まだ行くかとも計り
いつまでもたばこをのむ

新開通の鉄道がここいらを
過ぎ越してさびれた土産屋
小唄の焼かれた碗をとり
あちらはどうだったと聞かれ
こっちのほうはどうだと訊ね

かたつく椅子をあそばせる
おいてきた猫をおもい
あずけた腕をおもう
もどるわけにはいかないが
とどまることはどうだろう


 思いあぐねた夕よりも
 恋うてこがれた明けよりも
 はずみころげた夜やよし


宵の道中にわかの雨

たまり水に膝からくずおれる
のどから高い息が出て
雨ともに吸われてしまえと
手足投げ頬を地へすりつける
いずれ野花の床となるなら

それもよろしかろう


瓶から水をつげば風が通る
コンクリうちの足もとで荷が
丸くうずくまったまま
おっとり眠っている
ころあいかあきらめようか

手ばなしかけた間口に
あたらしい客はおとのう
ではこちらはこれでと碗をおき
半睡の荷を肩に薄暗がりを背に
天根の辻のうえ


みわたせば黄昏ちかく
ひかるばかりのまんなかで
たち眩む



        2004.6.11




自由詩 天根の辻 Copyright 田代深子 2004-08-31 21:29:32
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