続・素顔同盟
不可思議/wonderboy

注)
続・素顔同盟

先生は社会を教えていた。
「……つまり、市民が仮面をつけだしたことによって、人と人との摩擦はすっかりなくなり、平穏な毎日を送れるようになった……。」
 先生は教壇の上で仮面に笑顔を浮かべ、熱弁をふるっている。
「……この便利さを、一度手にしてからは、元に戻るわけにはいかなくなった。やがて、この仮面は法令化され、制度として確立されるようになった……。」
 僕は隣の友人の顔を見た。必死にノートをとっている彼の顔もまた笑顔だった。それと同じ笑顔が四十個(僕の笑顔も含めて)先生に向けられているのを、先生が同じ笑顔で受け止めている。
「……きみたちも現在、義務として仮面を着用しているわけだが、不便を感じたことがあっただろうか。考えてもみなさい。もし、きみたちが仮面をはずし、喜怒哀楽をそのまま表したりしたら……。」
「……仮面をはずすという反社会的な行為が、人々に不安と恐れを与えるのは当然だ。そのような者を排除して、健全な社会を保とうとするのは……。」
「ねえねえでもさ、みんなの仮面の下に隠しているのが本当のぼくたちの姿じゃないのかな。」
「おい、そこ。さっきから、うるさいぞ。静かに!」

と先生は笑顔で僕に言った。

あれから10年、俺はサラリーマンになっていた。この、高度に仮面化された社会において仮面の技術はさらに進歩し、幾百もの笑顔を人々は使いこなせるようになっていた。
 そのかいあってか、この10年間、人々の間で争いとよべるほどの争いは起きていなかったし、それどころか、街中でけんかするような輩さえ俺は見たことがない。
俺がまだ小さくて、もの心も付いていなかった頃は、素顔同盟原理主義という地下で活動する団体が何度かクーデターを起こそうと、大学をバリケードで封鎖したり国会議事堂前を長蛇の列でデモ行進したりしたこともあったが、もはや世界的規準となろうとしていた仮面社会の前に屈せざるをえなかった、という話を親から聞いたこともあった。だがそれも今や、昔の話だ。
仮面の技術が進歩すれば進歩するほど、この国は豊かになっていくと誰もが信じてやまなかったし、実際にこの10年間この国のGDPは右肩上がりであった。
今から語られるのはそんな幸せそうな社会を生きる青年の物語であり、感情を走り書きしたような雑多な詩のようなものである。




今晩も一度落ちてしまったら持ち上げられないくらいの超重量級のため息をつくのだ
満面の笑みで
煮え切らない人生のやるせなさを嘆く
満面の笑みで
満面の笑みでバスに乗り 
満面の笑みで
将来の不安を友達に相談し
満面の笑みで
僕らはどこからきてどこへ行くのだろうと月夜を眺める
満面の笑みで

日曜の夜にしがみつく が振り落とされる
ああ俺はもっとドープでアングラでハーコーだと思っていたのに
ベッドにもぐりこむたびに羊を数えなきゃいけないんじゃあ
その辺のサラリーマンと同じかそれ以下の適当な有機物に過ぎないってわけか
ああ今日も月が出ている

ああむかつく
あいつの言っていることは正しいからむかつく
非の打ちどころがないからむかつく
非の打ちどころがないやつを俺は愛せない
正しいことを言うことは決して正しくないのに
みんなそれに気づいていないんだ
地球がメツボーしてから泣けばいい
そうだあいつを訴えよう
「裁判長、あいつは正しいことしか言いません!懲役五年でどうでしょう!
とても真面目で努力家で、誰にでも優しくて、仕事ができて
謙虚で笑顔の素敵な彼を牢屋に放り込んでください!」
と言った俺が今独居房でこうして詩を書いていることを
不条理と言わずして何と呼ぶのだろう





先生にほめられたい!先生にほめられたい!
先生を怒らせたくない!先生の安心した顔が見たい!
しーずかーにーしーろーよー先生が話してんだろー
お母さんにほめられたい!お父さんにほめられたい!
滝弥さんにほめられたい!ユーリさんにほめられたい!三角さんにほめられたい!
遠藤ミチロウさんにほめられたい!俺はしかられたくないんだ!

って言うと、お客さんは俺がそう思ってると思うと思いますが
本当はそんなこと微塵も思ってなくて
実際にはお客さんがそう思うと思ってわざと
俺はこんなことを言ってるのかもしれません
さあどっちでしょう
どっちなの?どっちだって良い!と思うならそれでも結構
だが事実、あなたはすでに、もう俺のパフォーマンスを信用できなくなっている!

はーい、らっしゃいらっしゃい安いよ、安いよ〜
仮面の大安売りだよ〜
おいおいお兄さん、どうしたの〜
笑顔がひきつっちゃってるよ〜
それ何世代前の仮面?
そろそろ買い換えたほうがいいんじゃないの〜?
ほら、今はね、すごいの出てるから。
K904iシリーズの最新版
これはね、あなたが「こんな笑顔が良い」って思っただけで
仮面に内蔵されたセンサーがそれを敏感に読み取って
なんと300種類以上もの笑顔を自動的に作り出せちゃう優れもの!
ポケモンの種類より多いでしょ!
え?今は493種類なの?ごめんおじさん赤と緑しか知らないから
まあいいやお兄さんのその素敵な笑顔に免じて
通常価格25000円のところを今ならこの羽毛布団もつけて
19,800円のご奉仕価格!
お!お買い上げ!まいどあり〜!


YouTubeの動画が逆さまに映って見づらい夢を見る
ライブで歌詞を思い出せない夢を見る
叫んでいるのに声が出ていない
不思議なライブ会場で審査員が旗をあげて勝敗を決めている様子を
俺は虫カゴの中の虫を見るようにして見ている

役に立たない夢ばかり見て俺は
その辺のサラリーマンと同じかそれ以下の適当な有機物に過ぎないってわけか
ああ
今日も月が出ている

5月22日 本日もきれいごとを並べ立てまつり候。
新しい彼女に早漏であることをごまかすために
「ゴメン、今日疲れちゃってさぁ」と申し上げたてまつり候。

5月23日の会話。
「ねぇねぇ石田くんってさぁ音楽やってるんでしょお?」
「僕ですか?うんまぁそうですねぇ…やってますねぇ…」
「バンド?バンドでしょ?楽器弾けるの?え?ボーカル?あ、わかった。ボーカルだぁ。
ボーカルっぽいもん!」
「まぁ、ボーカルちゃあボーカルみたいなもんです…」
「ジャンルは?ジャンル?」
「ジャンルですか?ジャンル?はえーっとお…、ポエトリー…いやラップかな。まぁラップみたいなもんだと思って頂ければ…」
「え〜石田くんラッパーだぁ!Yo!Yo!やってよやってよYo!!Yo!!Yeah!!」
「YO!とかは言わないです。Yeah!!とかも言わないです、今時言う人いないですよぉ〜?やめてくださいよぉ〜。」
「いや、でもわかるよ、俺もさ、こうみえても昔はバンドやってたんだから!コピーバンドなんだけど、GLAYとかラルクとか、俺らの頃はめっちゃ流行っててぇ」
「えー、かっこいいじゃないですかぁ!」

5月24日 俺は社会人になってからも、PSPよりもワンセグケータイよりも
優れものであるこの仮面を肌身離さず持ち歩いている。
今日も懐に仮面を忍ばせていつなんどきも笑顔を作れるようにしている。

そんな日のある昼休みのことだ

ブサイクな同期の女が向こうからやってくる。
 髪の毛はつやがなく縮れ、目はきれいな一重まぶたで、鼻は上を向き、口元はカエルのようにだらしなく、いつも全世界の不幸を一人で抱え込んでいるような顔をしている。
 たまには微笑みかけてやろうと思って微笑みかけたらシカトされた。
 あいつは素顔同盟の一員じゃあないのか、なんて冗談を同僚と言い合う。

 *

「ワンダーボーイさん、それでは取材のほう始めさせていただきます。ワンダーボーイさんの1stアルバム不可思議奇譚がインディーズから発売されたにもかかわらず
オリコンヒットチャートの4位に食い込むという歴史的な偉業を成し遂げたわけですが今のお気持ちをうかがってもよろしいでしょうか。」
「いや、気持ちってゆうか、気持ちもなにも、みんなただホンモノを求めていただけってゆうか、うん、まぁだからさ、当然の結果っちゃあ当然の結果なんだよね。」
「なるほど。今のシーンにおいてホンモノの音楽というのは非常に少ないですからね。
でもワンダーさん、今回のこの事件、あ、いやもうこれは事件と言ってもいいでしょう
。この事件の本当の凄さというのはワンダーさんのやっているこのジャンルにあると思うんです。なんていうんですか?これは。ポエトリーリーディングというかぁラップとゆうかぁ、スポークンワーズってゆうんですかねぇ?どうなんですか?」
「ふんふん、ふんふんふん、うん、それね、すげぇ良い質問。やっぱさ、みんなちょっとジャンルにとらわれ過ぎ?いろんなもん聴かないと、ラップだけ聴いてラップしてるやつってやっぱつまんないじゃん?うんポエトリーリーディングも聴いて演劇も見て落語とか講談とか?ほら、お経だってあれある意味ラップじゃん?だからそういうのをぜーんぶひっくるめた上でラップなりスポークンワーズなり一つの表現に落とし込んでいく?そういうのが必要?今のシーンには。うーん」

「なるほど〜深いですねぇ、そもそもスポークンワーズをはじめたきっかけっていうのはなんだったんですか?」
「きっかけ。そこにあったんだよ、言葉がさ。」
「言葉のアルピニストですねぇ。ワンダーさんはヒップホップ嫌いなのにどうしてラップもされているんですか?」
「そうだなぁ…使命感?」
「では最後に、あ、これは聞かないほうがいいなぁ…。」
「いや、なになに言ってよ。」
「いやちょっと」
「大丈夫だから」
「え、わんだーさんってぇ、ラップ…うまくないっすよね?」

そんな夢を見たり

あのブサイクな同期の女にシカトされてからというもの俺はなんだか調子が出ないのだ
こうしている間にも俺はあのブサイクな同期の女が気になって仕方がないでいる。

いつも可愛く微笑んでくれるガールフレンドのキティちゃんやミニーちゃんが充満する
カワイイお部屋で、あのブサイクな同期の女のことを考えている。
彼女は今、夕ご飯をつくってくれている。
キティちゃんが俺に微笑みかける。
ミニーちゃんが俺に微笑みかける。
彼女が俺に微笑みかける。

俺のペニスはいつの間にか彼女の中に入っている。
俺のペニスが彼女の中に入っているというのに
俺は同期のブサイクな女のことを考えている。
俺は同期のブサイクな女のことを考えながらも
彼女の口の中に指を這わせている。
俺は息を切らしながら彼女に問いかける。
「ねえ、君の、今の、表情は、迫真の、演技?」
「迫真の、演技よ、決まってるじゃ、ない」と
言った彼女に一体俺はどう思ってると思われているのか。
彼女はどうしてそんなことを言ったのか。
本当は素の表情だったから恥ずかしくて迫真の演技だと言ったのか。
いや本当は、本当に迫真の演技だけど素の表情だったから恥ずかしくて
迫真の演技だと言ったと思わせたくて迫真の演技だと言ったのか。
いやいや、本当に本当は素の表情だったんだけど、実際は迫真の演技で
素の表情だったから恥ずかしくて迫真の演技だと俺に思わせたいと思って
迫真の演技だと言ったのか!
ああ!今一本のペニスでつながる君と俺との間には
100万光年の距離があるとは言えないか!
そのときだった!
俺は彼女の顔に思いっきり手を突っ込み彼女の仮面をベリベリと剥がしはじめた!
まるで岸部露伴のヘブンズドアーみたいに!
ねぇどこなの?どこなの?本当の君はどこなの?
何枚はがしても何枚はがしても何枚はがしても次から次へ新しい仮面が出てきて
ついには何もなくなってしまった―

むかついたのでキティちゃんに手を突っ込んでミニーちゃんに手を突っ込んでベリベリ
と剥がす。
すると中からおっさんが出てきて
俺の彼女なんかより全然リアルで

俺は泣いた。 満面の笑みで。

部屋中に彼女の笑顔が散乱していた。

おっさんだけが悲しそうな顔をして俺を憐れんでくれた。

俺たちは、素の表情なんて一つももってやしないんだ!!

俺は喪失感や、少しの怒りや、諦めやとにかく複雑な気持ちで出社した。
でももちろん顔は笑顔だった。
技術は進歩しているのだ。

会社に着きエレベーターに乗るとあのブサイクな同期の女と乗り合わせた。
二人きりだった。
髪の毛はつやがなく縮れ、目はきれいな一重まぶたで、鼻は天井を差し、口元はカエルの
ようにだらしなく、相変わらず全世界の不幸を一人で抱え込んでいるような醜い表情で
あった。

が、しかし俺は同時にこの女を見ていると心が休まる自分がいることに気付いた。
それどころか俺はこの女に惹かれているような気さえする。
今ならこの女に挨拶してやってもいい気がして挨拶をすると
シカトされた。
だが女は少し微笑んでいるように見えた。
エレベーターのドアが開く直前に
「ねえ、あなたは素質があると思うわ」
と女は言った。

「素顔同盟に入らない?」





注)冒頭 すやまたけし『素顔同盟』から一部引用 


自由詩 続・素顔同盟 Copyright 不可思議/wonderboy 2009-05-25 00:35:01
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